ふと、視界の端を見慣れた市松模様が行き過ぎた気がして。
 ついと、歩みを止めて、気配を探る。

「何でこんなところに…」

 其処には確かに、馴染みの者の気配があって。
 けれど他の、妖の気配は無い。
 守狐は僅かに、小首を傾げたが、本人に直接聞けばいいだろうと、随分と足早に行過ぎた気配を、追う。
 頬を撫でる風は相変わらず冷たい。
 冬の日暮れは早いというのに。
 あの寒がりが、一人で出歩くなんて。
 大方、あの手代とまたやりあったんだろうと想像して、その腫れた頬を思い出して、思わず漏らす、苦笑い。
 
「屏風のぞき」

 人通りの多い往来でも、その紅白の着物は、すぐに見つかる。
 間違えようの無い、後姿に声を掛けた。

「あ、守狐」

 案の定、振り返った白い頬は、赤く腫れていた。
 大事にしている外出用の羽織りすら、忘れてきたのか。
 薄い肩に、吹き荒ぶ風がひどく冷たそうだった。

「また、白沢殿とやりあったのか」

 苦笑交じりに頬を指せば、ひどく不服そうに、屏風のぞきがそっぽを向いた。

「あの手代は頭が石でできてるんだよ。大体若だんなはもう元気になったんだからさ。ちょっと碁を打つぐらい…」
「分かった分かった。…寒いだろう?何か飲もう」

 ぐちぐちと零すのを、苦笑交じりに宥めてやって。
 すぐ傍の茶屋を、指差す。 
 ちょうど、ふわんと、店先から甘酒の匂いが、漂っていた。

「そうだね。…寒い」

 思い出したように、両の腕を擦る屏風のぞきに、守狐は笑いながら、きゅっと、その指先を握ってやった。

「今、こっちに帰ってきたのかい?」
「ん?あぁ…そうだよ。さっき長崎屋の方に顔を出したんだが…丁度行き違いになったみたいだね」

 店の者が出してくれた甘酒を啜りながら。
 小首を傾げて訊ねてくる屏風のぞきに、揶揄するように笑いながら言えば、頬の痛みを思い出すのか、また、不服そうに唇を尖らせる。

「お前が帰ってくると知ってたら、あたしだって飛び出したりは…」
「まぁまぁ…。ほら、冷めちまうよ」

 笑いながら宥めれば、手の中の温もりには抗えないのか。
 大人しく口をつぐんで、甘酒を啜る屏風のぞき。
 寒さに、色を失っていた頬に、僅か、赤みが戻る。
 その様を、どこか微笑ましく見守りながら。
 守狐もそっと、己の湯飲みに、口をつけた。

「何だお前は。長崎屋の妖は昼の日中からでも、甘酒なんぞ飲むのか」

 唐突に掛けられた声に、一瞬、守狐が鋭い眼差しを投げつける。
 傍らで、声の主を見とめた屏風のぞきが、胡乱げに睨みつけた。

「煩いよくそ坊主。…なんだい?また金儲けの帰りか」

 生意気な物言いに、気を悪くした風でもなく。 
 鷹揚な笑みを浮かべて、随分と立派な袈裟を着た御坊、寛朝が、守狐たちの前の席に、勝手に腰を下ろした。
 守狐は一瞬、その糸の様に細い目を、眇めたけれど。
 結局、何も言わずに、また、己の湯飲みに口をつけた。

「金儲けとは随分な言い草だな。…わしはただ…」
「ああ良いよ良いよどうだって。…なんだ、お目付け役はどうしたんだい?」

 寛朝の言い訳など聞きたくも無いというように手を振って。
 その傍らに、何時も付いている筈の弟子の姿が見えぬことに、屏風のぞきは小首を傾げた。

「あぁ、秋英なら先に帰した。あいつがおると団子も食えぬからな」
「道楽坊主め」

 ぼそり、呆れた様に呟く屏風のぞきに、寛朝はただ、磊落に笑うだけ。
 随分と不思議な取り合わせに見えるのだろう。
 店の者が、小首を傾げて、三人を見守っていた。

「それよりお前、どうしたその顔」

 ついと、伸ばされる指先が、屏風のぞきの、赤く腫れた頬を撫でる。
 守狐の視線が、ちらり、寛朝の顔に流れた。

「痛いんだから触るでないよ。…何だっていいだろ」

 うっとうしそうにその手を払い除けながら。
 不貞腐れたようにそっぽを向く屏風のぞきに、寛朝が面白そうに、笑った。

「ははぁ。お前あの手代さん方と上手くいってないようだな。…どうだ、わしのところに来んか」

 先日の一件の時の様子を思い出してか。
 唐突な誘いを投げかける寛朝に、守狐の、湯飲みを持つ指先が僅かに、揺れた。

「はぁ?なんだいいきなり…そこまで落ちちゃいないよ」

 訳の分からぬ戯言だと、屏風のぞきは笑う。
 寛朝も、笑ってはいたけれど。
 その目の奥に、御坊らしからぬ色が、滲んでいるのに、守狐は気付いていた。

「そうか。まぁ気が向いたらいつでも来るがいいさ。…そこの御狐様が恐ろしいんでの。わしはそろそろ退散しよう」
 
 後の言葉と同時、投げかけられる意味ありげな視線に、守狐はにいこりと人好きのする笑みで、会釈を返す。

「どうも。…うちの者が世話になったようで」
「いやいや…。では、またな、屏風のぞき」
「はいはい」

 とっとと帰れと手を振る屏風のぞきに、寛朝はにやりと、御坊らしからぬ笑みを浮かべて、店を後にしていった。
 その、随分と豪勢な袈裟の後姿が、見えなくなるまで見送って。
 守狐はことり、己の湯飲みと金子を、床机に置く。
 
「帰ろうか。…土産があるんだよ。お前に」
 
 微笑いながら言えば、顔を上げた屏風のぞきの眼が、光る。
 期待の色が隠すことなく浮かぶその瞳に、守狐は思わず、笑ってしまった。

「何だい?珍しいね」
「まぁ、帰ってから見てみるが良いよ」

 「きっと気に入るから」と続ければ、屏風のぞきの顔に、機嫌よさげな笑みが浮かぶ。
 頬の痛みも、いつの間にか忘れてしまっているようだった。
 そうとなれば早く帰ろうと、足早に店を出る、その後姿に続きながら。
 守狐はつい先程、寛朝が消えた通りへと、一瞬、視線を向けた。

「寛朝、ね…」

 その、薄い唇が、僅かに笑みに歪められる。
 軽く、爪の先に気を込めれば、人の目には映らぬ、青白い炎が小さく宿る。
 茜色に染まり始めた人々の群れの中へ。
 頬を撫でる北風に乗せるように。
 ふぅっと、指先の炎に吐息を吹き掛ければ、ゆうらり、それは風に乗って飛んでいく。

「挨拶を、せねばいけないから、ね」

 細い目の奥、遠ざかる青白い狐火を見送りながら、小さく、呟く。
 その手を、不意に、後ろから引かれた。

「何やってんだい?早く帰ろうよ」
 
 怪訝そうに眉根を寄せながら。
 見上げてくる屏風のぞきに、守狐は笑って、頷いた。





「わぁ…」

 随分と素直な歓声に、守狐の目元が、和む。
 蔵の、明り取りの窓から差し込む、一日の最後の光に、びいどろ玉を透かした、屏風のぞきの白い頬に、薄紅色の影が落ちる。
 ゆうらり、ふうわり。
 玉を回すわけでもないのに、その影は不規則に揺れた。

「これ、何だい?」

 殆ど夢中で、小さな玉を覗き込みながら。
 訊ねる屏風のぞきに、小さな袋からもう一つ、びいどろ玉を取り出して、守狐が説明する。

「四季をね、閉じ込めたびいどろ玉なんだと」

 言いながら、守狐が透かす、そのびいどろ玉の中には、ちらちらと雪が舞っていて。
 屏風のぞきが透かす玉の中では、桜が舞っていた。
 守狐が、手の中の小さな袋を逆さに振ると、ばらばらと、残りのびいどろ玉も転がり出て。
 小さく弱い陽だまりの中、色とりどりの影を描く。
 ひらひらと、紅い影を落とすのは秋の紅葉だろうか。
 小さな玉の中で、真夏の濃緑の葉を揺らす様は、今にも蝉の声が聞こえてきそうだった。

「へぇ…。綺麗、だね」
 
 呟く、その横顔は、不可思議なびいどろ玉に心奪われていて。
 随分と気に入ってくれたらしいその様に、守狐は小さく、微笑を零した。

「気に入ったなら、大事にしておくれ」

 そっと、後から自分と同じぐらい細い身体を、抱きすくめる。
 久方ぶりに触れる体温が、愛おしかった。

「うん。綺麗だもの」

 振り仰ぐ屏風のぞきと、守狐の視線が、絡む。
 自然、重ねた唇は、すぐに深いそれになり、簡単に、熱を呼び込む。

「ふ…ぅ…」

 白く細い手指が、きゅうと切なげに、守狐の着物を、握り締める。
 離れればすぐにまた角度を変えて、何度も、口付けを交す。
 互いの体温を、分かち合う。
 
「守狐…」

 名を呼ぶ声は、もう、熱に掠れていて。
 守狐は小さく、微笑を零した。

「ねぇ、屏風のぞき」
「うん?」

 優しい仕草で、髪を梳けば、屏風のぞきの瞳が、心地良さげに細められる。

「どうして、また寛朝のところに行ったんだい?」

 その問いに、先に、散々に責められたことを思い出したのか。
 屏風のぞきの身体が、びくりと跳ねて。
 手の中から、びいどろ玉が零れ落ちた。
 ぽとり、畳に落ちた春のびいどろ玉は、ほんの少し、転がって。
 かつり、冬のびいどろ玉にぶつかって止まった。

「あ…こ、今度は皆と一緒だったよ?若だんなが心配だったんだ。何しろ相手は性悪の神様で…」

 どこか必死に、言い募る屏風のぞきに、守狐は小さく、笑みを零す。
 そっと、その頬を、守狐の、屏風のぞきと同じくらい、白く細い手が、宥めるように撫でた。

「そうかい。大変だったんだね」
「うん、うん、そう。大変だったんだよ」

 その声も、声音も。 
 ひどく優しいものだったから。
 どうやら、先のように怒ってはいないらしいと思ったのか。 
 屏風のぞきが、安心したように、笑った。

「ねぇ、もっと…」

 もう一度、強請るように唇を寄せてくる屏風のぞきに、小さく、笑みを零して。
 守狐は応える様に深く、唇を重ねた。

 
 


 もう、日も暮れてしまったのだろう。
 薄闇の中、ただ、与えられる熱を追う。
 寒い、その筈なのに。
 体中を支配する熱に、追い詰められるような心地さえ、した。

「あ…あぁっ」

 身体を這う指に、堪えようも無く、声が漏れる。 
 背中の、骨の形をなぞる様に舌を這わされ、屏風のぞきは、小さく、目の前の畳に爪を立てた。
 暗闇の中、零れたびいどろ玉が、小さく光る。

「ひ…っあ…」

 きゅっと、少しきつめに、背後から回る手に、胸の突起を摘まれ、びくり、身体が跳ねる。
 まだ触れられてもいない自身が、切なげに震えた。

「守狐…っ」

 名を呼ぶ声が、熱に掠れる。
 更なる刺激を求めて、自然、浮かせた腰が、揺れた。
 視界が、情欲に滲む涙で、歪む。

「暗い、ね」
「え…?」

 不意に、零された言葉と同時。 
 一瞬、守狐の体温が、離れる。
 怪訝に、振り返ったその先で、宿るのは青白い光。

「や…っ」

 守狐の手の中、己のすぐ傍で灯された蝋燭に、屏風のぞきの瞳に、本能的な怯えの色が、走る。
 咄嗟に逃れようと、身を捩るのを、宥めるように、捕らえるように。
 守狐が、そっと、ひどく優しい仕草で、後から押さえ込む。

「大丈夫。前に言ったろう?これはお前の身を傷つけるものじゃないよ」

 人と違い、夜目が利くくせに。
 素知らぬ顔で言う守狐を、詰る余裕すら、ない。

「でも…っ」

 分かっていても恐ろしいのだと、涙が滲んだ眼が、訴える。
 けれど、守狐は宥めるように、屏風のぞきの頬に、口付けを落とすだけ。

「暗いからね。見えにくいのさ」
「やあぁぁ…っ!」
 
 言いながら、蝋燭が置かれたのは、屏風のぞきの左右の脚の間。
 青白い炎が、自身を焼く恐怖に屏風のぞきの唇から悲鳴が迸る。
 逃れようと、身を捩れば、揺らぐ炎に、その動きすら、止まってしまう。
 恐怖に、立てた膝が震えた。
 
「大丈夫だから。熱くないだろう?」
 
 まるであやすように、髪を梳いて。
 耳元、ひどく優しい声音で囁いてくるのに、何度も何度も、頭を振る。
 身を傷つけることは無いと分かってはいても。
 炎という、命を脅かす形は、どうあっても怖いのだ。
 分かっている癖にと、睨みつけても。 
 守狐はただ、優しく微笑うだけ。

「平気だよ」
「あぁ…っ」

 つぷり、油を塗りこめた指を、唐突に後孔に差し込まれ、急な刺激に、一瞬、くず折れそうになる。

「ひ…っ」

 けれど、ちろり、自身を舐める青白い炎に、その、ぴりぴりと細い針で刺すような微妙な痛みに。
 逃れようとすれば、自然、高く腰を掲げるような、姿勢に、なってしまう。

「良く見えるよ」
「あ…っやぁ…嫌…っ見る、なっ」

 秘部を照らされる羞恥に、さっと、屏風のぞきの頬に朱が走る。
 その頬を、ぼろり、涙が伝う。

「ぁあ、ひぁ…っ」

 内壁を、掻き乱され、敏感な箇所を擦りあげられて。
 詰る余裕すら奪われ、ただ、目の前の畳に、爪を立てる。
 下肢を支える膝が、内腿が、震えた。

「守、狐…」

 掠れた声で呼べば、降って来るのはひどく優しい口付け。
 無音の蔵に、淫猥な水音が、響く。

「あ…っ?」

 不意に、指を引き抜かれたと思ったら。
 間を置かず、押し挿れられた異物に、目を見開く。
 
「何…っ?」

 振り仰ぐ、その眼に滲むのは、得体の知れないものへの恐怖。
 守狐は、宥めるようにそっと、屏風のぞきの背に、口付けを落とす。

「びいどろ玉、気に入ってくれたんだものね」
「ひぁ…っ?」

 くぷんと、抵抗も無く飲み込まれて行く、硬質な玉に、屏風のぞきの身体が跳ねる。
 かつん、先に挿れられた玉にぶつかって。
 一つ、奥へと侵される感覚に、屏風のぞきの肌が、粟立つ。
 ひやりとした感触に、敏感な内壁は収斂を繰り返して。
 奥へ奥へと、自ら、小さな玉を誘い込む。

「冷たぁ…冷たい、よ…守狐…」
「お前の中は熱いから、すぐ馴染むさ」

 言いながら、更に、一つ、二つとびいどろ玉を挿し込まれて。
 逃れようにも、脚の間に置かれた蝋燭の炎が恐ろしくて、身動きが取れない。
 蠢く内壁を、硬質な表面に、次々と擦り上げられて。
 
「あ、あぁ…っ」

 最も敏感な一点を擦る、固い感触に、屏風のぞきから甲高い悲鳴が、漏れた。

「やだ、嫌だよ守狐…っも、苦しい…っ」

 更に、指を差し込まれる気配に、屏風のぞきは何度も頭を振って拒絶を示す。 
 
「もう無理?」
「………っ」

 声すら、出せずに。
 何度も頷けば、守狐の手が、離れる気配がして。
 ほっと、安堵の息を吐く。
 
「じゃあ、出してごらんよ。自分で」

 けれど、次の瞬間、投げかけられた言葉に、屏風のぞきは大きく、目を見開いた。

「な、に…?」

 震える視線で問い返せば、返って来るのは、相変わらずひどく優しげな微笑。
 ひくり、収斂を繰り返す後孔を、円を描くように指の腹でなぞられ、ぞわり、背筋が震える。

「出してごらん?苦しいんだろう?」

 優しげな声音で、告げられるのは残酷な言葉。
 どうしてと、泣き濡れた眼で、睨みつけても、返って来るのは微笑だけ。
 赦してはくれなさそうな気配に、屏風のぞきは諦めたように、畳に額をこすり付けると、下腹部に力を込めた。

「ぁ…は…っ」

 何度も細かく息を吐いて。
 意識を、下腹部に集中させる。

「んぁあ…っ」

 押し出す直前。
 硬質な表面が、敏感な襞を擦るその最後の感触に、思わず、声を上げてしまう。
 一つ、吐き出せば、収斂する内壁の所為で、中のびいどろ玉が、蠢く。
 その、無機質な刺激が生み出す快楽に、また、声を上げてしまう。
 
「そう、上手だね。…一つずつ出していくんだよ」

 耳元、笑みを含んだ声で囁かれて。 
 耳孔に差し込まれる舌の、そのざらついた感触に、ぞくり、背筋を快楽が走る。
 優しい声音に、こくんと、いつの間にか首を縦に振っていて。
 纏わり付くような視線にすら、意識が侵されるような心地がした。

「は、あぁ…っ」

 ぱたり、畳に汗が落ちる。
 ぽとり、畳に零れ落ちるびいどろ玉に、その、音に、どうしようもなく、羞恥が煽られて。
 きつい刺激に、くず折れそうになる度、青白い炎に、最も敏感な自身を舐められ、そのちりちりとした痛みにまた、悲鳴を上げる。
 溺れていくのは、被虐的な快楽。
 閉じられることの無い口の端から、飲み込みきれない唾液が伝い、首筋を汚した。

「後二つ」

 囁かれる声音に、頷くけれど。
 下肢はもう、巧く力を込めることができなくて。
 繰り返される快楽に、意識すら、飲まれそうだった。

「あぅ…ん…」

 硬質な表面に、連続して敏感な襞を擦られ、屏風のぞきの背が、震える。
 一息に、全ての玉を吐き出して。
 くたりと、屏風のぞきは畳に、その上体を突っ伏した。

「屏風のぞき」

 ひどく、優しい仕草で、頬に、唇に、啄ばむように口付けが落とされる。
 心地良いそれに、これで赦してもらえたのだと、ほっと、安堵の息を吐く。

「駄目じゃないか」
「え…?―――っ?」

 苦笑交じりの声に、焦点の定まらぬ眼で、問いかけようとした矢先。
 つぷり、再び挿し入れられたのは硬質な感触。
 守狐の指先で、先程よりも更に深く、再び、びいどろ玉を挿し込まれて。
 内を抉るその感触に、声にならぬ悲鳴が上がる。
 屏風のぞきの、見開かれた双眸から、ぼろり、涙が伝った。

「一つづつって、言ったろう?」
「やぁ…っやめ…っ」

 逃れようにも、炎に阻まれて、身動きが取れないから。
 せめてもの抵抗と、何度も左右に頭を打ち振れば、守狐が困った様に、耳元、囁きを落とす。

「また、約束を破るのかい?」
「――――っ」

 その言葉に、先の寛朝の下を訪れたことへの、怒りを感じ取って。 
 ぞわり、全身が総毛立つ。

「や…違…っ」
「なら、できるよねぇ」

 「お前は良い子だもの」と、続く優しげな言葉に、もう、首を横に振ることは出来なくて。
 ともすればしゃくり上げそうになるのに、何度も息を整える。
 
「くぅ…ん…っ」

 ぽとり、畳に一つ、びいどろ玉が、転がる。
 無機質な刺激に、内壁が何度も、収斂する。
 その、快楽に意識を飲まれぬように。
 もう一度、何度も深く、息を吐いて。
 零れ出そうになる、びいどろ玉をもう一度、己の内深くに、戻す。
 敏感な内壁を擦る感触に、ぞくり、身体が震えた。
 
「ふ、ぁ…ぁ…」

 そうして、ようやっと、最後の一つを、吐き出せば、降って来るのは、ひどく優しい口付け。

「良く出来ました」

 差し込まれる舌に、必死に己の舌を絡ませれば、きゅうと、抱すくめてくる腕が温かい。
 ゆっくりと抱き起こされ、その腕の中に抱き込まれれば、愛しい体温に、肩口に顔を埋める屏風のぞき。
 守狐の手指が、払う様な仕草で、屏風のぞきを脅かしていた炎を、消した。

「守狐…」

 遠くに放り投げられた蝋燭に、ほっと安堵して。
 屏風のぞきが、強請るように、守狐の首筋に、舌を這わせる。

「何?」
「欲しいよ…お前が…」

 守狐の唇に、浮かぶのは満足げな笑み。
 そっと、指先を滑らせれば、後孔はまだ、物足りなさげに収斂を繰り返していた。
 敏感に震える身体を、抱え上げて。
 覗きこむのは、情欲に濡れた瞳。

「もう、約束を破らない?」

 問いかけに、屏風のぞきは、一瞬、ちらりと、己の脚の間に散らばった、4つの濡れたびいどろ玉を見遣る。
 途端、目尻に朱が差したのを、守狐は見逃さなかった。
 
「うん」
 
 こくんと、小さく頷くのに、守狐はひどく愛しげな笑みを、浮かべた。
 
 それから後は、いつもよりもずっと優しい仕草で、触れてくる守狐に。 
 与えられ、交す熱に、屏風のぞきは何度も、己の熱を吐き出した。




 後日、長崎屋に届いた、寛朝が右手にひどい火傷を負ったという報せを聞いて。
 声を立てて笑う守狐に、屏風のぞきが不思議そうに、小首を傾げていた。