すやすやすやすや。
みんなの寝息が、教室にひびくころ。
佐助先生と守狐先生は、ほごしゃの方との連絡ノートに、みんなの様子を書き込みます。
「…あれ。屏風はまた寝れなかったんですか」
「そうなんですよ。ずぅっと一人でお布団の上に起きてて」
佐助先生が困ったように笑います。
守狐先生は、びじょうきんなので、毎日いるわけではないのです。
屏風くんは、あまえたさんなので、守狐先生に抱っこしてもらわないと、寝れないのです。
とんだ困ったさんですね。
「…困りましたねぇ…」
だからと言って、守狐先生が毎日来るわけにもいきません。
お昼寝をしないと、まだ小さい屏風くんたちは疲れてしまうのです。
疲れて眠ってしまえば、お夕飯が食べれません。
それはとっても、困ったことです。
「……うぅん…」
守狐先生は腕組みをして考えます。
守狐先生は、お目めが糸のように細いので、動かなくなってしまうと、まるで居眠りしてるみたいです。
「…あ、明日は屏風のお誕生日会でしたか」
「ん?あぁ、そうでしたね。…今月は屏風だけだったかな」
長崎幼稚園はしょうにんずうせいなので、お誕生日会は、大抵毎月一人づつです。
そして、明日は屏風くんのお誕生日会です。
屏風くんのために、可愛い可愛い、くろねこさんの、バースデーカードを、佐助先生は作ってくれています。
中にはメッセージと、屏風くんのお写真を貼る予定です。
「何か考えて来ます」
呟く守狐先生に、佐助先生が笑って頷きました。
屏風くんを何とかできるのは、実は守狐先生だけなのです。せきにんじゅうだいです。
ちくちくちくちく。
おうちに帰ってから、守狐先生はずぅっと、何かをちくちく縫っています。
よい子が寝る時間を過ぎても、ちくちくちくちく。いがいと、きようみたいです。
お月様が登って、また沈んでも、ちくちくちくちく。
お日様が顔を出したころ。
ようやく、守狐先生は手を止めました。
「できた」
いったい何ができたのかな?
守狐先生は、かんせいひんを、袋に詰めると、慌ててしたくをして、幼稚園にしゅっきんしていきました。
「お誕生日おめでとう。屏風くん」
クラスだいひょうで、松之助くんが、バースデーカードをわたしてあげます。
屏風くんはちょっぴりはずかしそうに受け取ります。
「ほら屏風、『ありがとう』は?」
「ありがと」
守狐先生に優しく促されて、屏風くんは早口でお礼を言います。
照れてるんですね。
「それからこれは、先生から」
「わぁ」
ふうわり。
屏風くんに渡されたのは、ふわふわで、まっしろな狐さんのぬいぐるみ。
屏風くんの身長と同じぐらいの大きさです。
屏風くんの目がきらきら輝きます。
とってもとっても、大事そうに、きゅうっと抱っこしています。
「ねぇ屏風」
佐助先生が、お誕生日ケーキを用意してくれているあいだ。
守狐先生は、屏風くんをお膝に抱っこして、お話します。
「先生がいないときでも、一人で寝なきゃダメじゃないか」
「…守狐がいたら、寝るよ」
守狐先生に、抱っこしてもらうのは好きなくせに、お昼寝の話はいやなのか、ちょっと居心地わるそうに、屏風くんは呟きます。
きゅっと、狐さんのぬいぐるみを抱きしめて、そのふわふわのしっぽにお顔を埋めてしまいました。
「じゃあ、その狐さんあげるから、一人で寝るんだよ」
「…………」
ぎゅーっと狐さんを抱っこしたまま、屏風くんは答えません。
狐さんが少し苦しそうです。
「もう、お兄さんなんだから」
「……うん」
こくんと、ものすごくしぶしぶ、屏風くんは頷きました。
そんな屏風くんに、守狐先生が困ったように笑います。
「屏風が一人で寝れるようになったら、先生嬉しいよ」
守狐先生に、頭をくしゃくしゃ撫でられて。
屏風くんはちらっと、守狐先生のお顔を見上げた後。
また、ぎゅうぎゅう狐さんを抱きしめました。
何だかちょっと、考えているみたいです。
「さぁみんな。ケーキの準備ができたぞ」
佐助先生がケーキをもってやって来ました。
みんなにハッピーバースデーのお歌を歌ってもらって、屏風くんは勇気をだして、ろうそくの火を吹き消しました。
実はみんな(特に仁吉くん)には、ないしょですが、屏風くんは、火がちょっぴり苦手なのです。弱虫さんですね。
(守狐は、あたしがひとりでお昼寝できたら、うれしいのかぁ…)
片手に狐さんを抱っこしたまま、ケーキのいちごを食べながら、屏風くんは考えます。
生クリームが狐さんに、ついてしまっているのにも気づきません。
(…………)
屏風くんは、じぃっと、抱っこした狐さんを見つめます。
狐さんは何だか、守狐先生に似ている気がするのです。
お目が糸で出来ているからでしょうか?
(………狐さんとなら、寝れるかな…)
屏風くんが、お昼寝の時、守狐先生に抱っこして貰わないと眠れないのは、一人だと、何故だかすごくすごく寂しいからです。
佐助先生は、お昼寝の時、言うことを聞かない仁吉くんにかかりきりになってしまうので、屏風くん一人をずぅっと、抱っこしてくれることなんてありません。
それになぜだか、佐助先生だと落ちつかないのです。
守狐先生だと、安心して眠れるのです。
だから、守狐先生がいない、かようびと、もくようびは、屏風くんはあまり幼稚園に行きたくありません。
行っても、守狐先生がいないから、寂しいだけでつまらないからです。
(…でも、狐さんとなら…)
守狐先生に似ている狐さんとなら、寂しくないかもしれません。
だから、がんばれるかも、しれません。
屏風くんはもう一度、ぎゅーっと狐さんを抱きしめました。
ほっぺの生クリームが狐さんのほっぺについても、抱きしめました。
ふわふわで、まっしろで、あたたかいお日さまの匂いがしました。
今日はもくようび。
守狐先生はおやすみの日です。
屏風くんはどうしてるかな?
「…屏風、お砂場にまで狐さんを持っていくことは、ないんじゃないか?」
「うるさいよ。いいんだよ。狐さんだってあたしといっしょが、いいんだもん」
佐助先生が、にがわらいで預かろうとしても、屏風くんはぎゅーっと狐さんを抱きしめてはなしません。
「佐助に生意気な口きいてんじゃないよ」
「痛っ!」
「仁吉っ!生意気なのはお前も一緒だ!」
仁吉くんに、こうとうぶを、ひっぱたかれて、屏風くん涙目です。
いつもなら、泣いてしまっていたかもしれません。
けれど、今日は…
「………っ、っく…っ」
ぎゅぅぅっと狐さんを抱きしめて、がまんします。
狐さんと一緒にがまんしたら、明日は守狐先生が、ほめてくれるような気がしたからです。
「ふん」
そんな、いつもとちょっと違う屏風くんに、仁吉くんはつまらなそうに鼻を鳴らします。
また、佐助先生に叱られています。仁吉くんだって困ったさんです。
「へいきだよ」
ぽそり、狐さんに向かって呟いて。
屏風くんは、砂のおやまを作り始めました。
狐さんを、抱っこしたままだから。
しっぽがすっかり、泥だらけになっているのに、屏風くんは気付きません。
「おやおや…」
そのようすに、佐助先生にがわらいです。
おやまをつくって、すべり台をすべって。
ジャングルジムの、てっぺんにすわったときも、屏風くんは狐さんをだっこしたままでした。
その後の、おやつの時間も。
お昼ごはんの時も、ずぅぅっと、狐さんを抱っこしたままだったから。
狐さんのまっしろなお腹に、カレーの黄色いてんてんがついてしまいました。
それでも、屏風くんは狐さんをはなしません。
だって、だって。
狐さんは、ふわふわで、まっしろで。
お日さまの匂いがして。
お目が糸でできているから。
すごく、すごく、安心するのです。
「…おやまぁ…」
すやすやすやすや。
みんなが眠る、お昼寝の時間。
仁吉くんをやぁっと寝かしつけることができた、佐助先生は、びっくりして目を見開きました。
「………」
だってそこには、あんなに寝れなかった屏風くんが、お布団の中で寝ているんですもの。
その腕には、なんだかちょっぴり、きのうより、うすよごれたような気がする、狐さんが、しっかりと抱っこされています。
【今日、屏風君は一人でお昼寝ができました】
連絡ノートに、佐助先生は、一番に書いてくれました。
明日は、きっときっと、守狐先生は褒めてくれるでしょう。
頑張ったねって、頭を撫でてくれるに違いありません。
次の日、屏風くんは、守狐先生に、たくさんたくさん、褒めてもらえました。
「屏風、きのうは、一人でお昼寝できたんだって?」
えらいねぇと、笑う守狐先生は、なんだか嬉しそうです。
「守狐、うれしい?」
「嬉しいよ。それに、仁吉くんにひっぱたかれても、泣かなかったんだってね」
えらいえらいと、守狐先生に、頭を撫でてもらって、屏風くんちょっぴり得意げです。
その隣で仁吉くんが、ものすごく面白くなさそうな顔で、守狐先生を睨みつけています。
仁吉くんは、守狐先生がだいきらいなのです。
「狐さんが、いっしょだったからね」
きゅっと、今日も屏風くんは、狐さんを抱きしめます。
「がんばったんだね。屏風も、狐さんも」
「うん」
屏風くんも、狐さんも、守狐先生に、頭を撫でてもらいました。
狐さんも、なんだか少し嬉しそうです。
その日は、みんなでご本を読む時間のときも、守狐先生は、屏風くんをお膝に抱っこしてくれました。
狐さんも一緒に、ご本を読んでもらいます。
お昼寝の時だって、屏風くんが眠るまで、守狐先生は、抱っこしてくれました。
狐さんも、屏風くんと一緒に眠ります。
その次の週も、そのまた次の週も。
屏風くんは、ずぅぅっと、狐さんを抱っこしたままでした。
だって、狐さんとなら、なんだってがんばれるんですもの。
けれど、まっしろでふわふわだった狐さんは、いつの間にか、うすよごれてくたくたになってしまいました。
そんなあるかようび…。
「屏風、お前その狐ないぞう出てるよ」
「……!?」
仁吉くんの、しょうげきてきひとことに、屏風くんはびっくりして、抱っこしていた狐さんを見ました。
ちょうど、しっぽのつけねが、やぶれてしまっていて、中からまっしろなわたがあふれています。
「どうしよう…!」
このままでは、狐さんはしんでしまうかもしれません。
屏風くんは、まっさおになって、今にも泣き出しそうです。
「だいじょうぶだよ。ほうたい、まいてあげる」
そう言って、おカバンの中から、まっしろなほうたいを取り出してきたのは一太郎くんです。
一太郎くんのおカバンの中には、信じられないくらいの、おくすりや、ばんそうこうや、ほうたいが、つまっているのです。
「あ、ありがと」
一太郎くんが、とても上手に、くるくるほうたいを巻いてくれたので、もうわたは見えなくなりました。
屏風くんは、少し安心できましたが、でもやっぱり、狐さんはくたくたです。
しっぽも、ほうたいでぐるぐる巻きになてしまたので、なんだかちょっとぶかっこうです。
お手てのつけねも、いつも屏風くんが、お外で遊ぶときに持っているので、ちょっとぶらぶらしています。
もしかしたら、また、ここからもわたが出てきてしまうかもしれません。
お顔だって、元気がないように見えます。
「狐さん、だいじょうぶかなぁ…」
不安です。
泣きそうです。
でも、狐さんは、屏風くんのだいじなだいじなお友達です。
屏風くんが、何とかしなくてはなりません。
「一太郎、ばんそうこう、ちょうだい」
「うん、いいよ」
一太郎くんから、ばんそうこうを2,3枚もらって、屏風くんは、きつねさんのお手てのつけねに、はってあげました。
それでも、やっぱり狐さんはくったりしています。
「どうしよう…」
「おくすりを飲ませたらいいんだよ」
仁吉くんがとんでもないことを言い出しました。
狐さんは、ぬいぐるみなので、お薬は飲めません。
無理に飲ませて、まっしろな狐さんが、えたいのしれない緑色になってはたいへんです。
「明日、守狐先生にみてもらうと良いよ。きっと、なんとかしてくれるから」
「うん」
とんでもない方向に流れてしまいそうになるのを見かねて、佐助先生が言いました。
しょんぼりしている屏風くんを、励ますように頭を撫でます。
隣で、仁吉くんがすごくすごく、面白くなさそうなお顔をしています。
仁吉くんは、佐助先生がだいすきなので、ほかの子に取られたくないのです。
わがままさんですね。
「守狐なら、狐さん、なおしてくれるよね」
「きっとなおしてくれるよ。…なんたって、狐さんの生みの親なんだから」
佐助先生に笑ってはげまされて、屏風くんは、なんだか元気が出てきました。
そうです。守狐先生なら、きっと何とかしてくれるに違いありません。
だって、狐さんは、守狐先生に似ているんですもの。
次の日、今日は水曜日なので、守狐先生のしゅっきんびです。
屏風くんはさっそく、守狐先生に、狐さんをみせに行きます。
「守狐!たいへんなんだよ、狐さんが…」
「どれどれ。みせてごらん」
守狐先生は、屏風くんから狐さんを受け取ると、細い眼でしんけんにみています。
うらがえしたり、さかさまにむけたり。
お手てを引っぱったり、あんよを引っぱったりして、見ています。
屏風くんは、不安そうに、そんな守狐先生のてもとを、のぞきこみます。
「なおる?」
「ああ、これくらいなら、だいじょうぶだよ」
守狐先生は、笑ってそういうと、安心させるように、屏風くんの頭をくしゃくしゃ撫でました。
屏風くんはほっとして、なんだかちょっと、からだから、ちからがぬけていく感じです。
「佐助先生、裁縫箱ありましたよね」
「あぁ、その棚の上です」
佐助先生から、おさいほうばこを受け取ると、守狐先生は、狐さんのほうたいと、ばんそうこうをはがすと、ちくちくちくちく、針と糸で縫いはじめました。
ちくちくちくちく。
縫われていくたび、ぶらぶらだったお手ても、ちぎれかけていたしっぽも、しっかりと元通りになっていきます。
「ほら、できた」
「うわあ」
しっぽもお手ても、もう痛そうではありません。
屏風くんは嬉しくなって、ぎゅうっと、狐さんのしっぽを抱きしめました。
でも、まだきつねさんはうすよごれたままです。
それに、なんだかやっぱり、くたくたです。
「後はお風呂だね」
「おふろ!?」
じょうだんじゃない、と、屏風くんは思いました。
屏風くんはおふろがだいきらいです。
狐さんだって、おふろが、きらいにちがいないです。
でも、守狐先生は、おふろに入らないと、狐さんはうすよごれたままだといいます。
それはやっぱり、かなしいです。
「ほんとに、もとどおりになる?」
「あぁ、なるよ」
屏風くんは、じいっと、狐さんを見つめて。
それから、守狐先生を見上げて、狐さんを渡しました。
「おふろ、いれていいよ」
「ありがとう」
「狐さん、がまんするんだよ」
狐さんは、だまって屏風くんを見つめています。
わかったよって、言ったような気がしました。
守狐先生は、そんな屏風くんを、何故だかほほえましそうにみています。
それから、たらいにおゆをよういして。
せっけんで、守狐先生はじゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ、狐さんをあらいました。
そんなにしたら、おぼれちまうんじゃないかと、屏風くんは隣ではらはらしています。
ふうわり、ふわふわ。
幼稚園のおにわにとんだ、しゃぼん玉を、みんなが追いかけます。
「よし、あとは乾かすだけだね」
守狐先生はそう言って、ジャングルジムとすべりだいの間に、ロープをはって、狐さんをつるしました。
なんだか、洗たくバサミでお耳をとめられて、ちょっぴり痛そうです。
「狐さん…」
ぽたぽた、しずくをおとす狐さんを、屏風くんは、不安そうに見あげます。
ずっと、こうして見守っていたいですが、もうすぐお昼寝の時間です。
「屏風、ほら、お昼寝の時間だよ」
そう言って、とうとう守狐先生に、抱き上げられてしまいました。
それでも、起きていようと思ったのに。
せなかをとんとんされて、こもりうたを、うたってもらっているうちに。
いつの間にか、眠ってしまっていました。
「うぅん…」
ころんと、ねがえりをうったとき。
ふうわり、屏風くんのお顔に、何かがあたりました。
「………?」
なんだろう?
そう思って、目を開けると、そこには、まっしろで、ふわふわで、お日さまの匂いのする、狐さんが、ちょこんと座っているではありませんか。
「狐さん…!」
屏風くんは、びっくりして、おきあがると、ぎゅぅぅっと、狐さんを抱きしめました。
もう、お手ても、しっぽも、ちっとも痛そうじゃありません。
まっしろで、ふわふわで、うすよごれても、くたくたでもありません。
お顔だって、元気そうです。
「よかったね屏風」
隣で、守狐先生が、笑っています。
「うん!」
屏風くんは、元気良く頷いて。
嬉しそうに、元気になって、かえってきたお友達を、ぎゅーっと、抱きしめました。
ふわふわのしっぽに、お顔をうめると、お日さまの匂いがします。
糸でできたお目めが、嬉しそうに笑っていました。
「ありがとう、守狐」
お礼を言うと、狐さんとおんなじお目めの守狐先生が、やさしく、笑ってくれました。
だいすきな、守狐先生と。
だいすきな、狐さんと。
屏風くんは、ふたつの、だいじを、ぎゅうぅぅっと、抱きしめました。
それはとても、あったかくて、お日さまの匂いが、しました。