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 昼間は、夏の日差しを思わせるほどの熱気も。
 夜も更けた今は、ひんやりと、肌寒いほどに涼しい。
 湯上りの火照った肌に、纏う風も、心地良かった。

「………」

 そうっと、音を立てずに、障子を開く。
 闇に沈んだ部屋の中、微かに響く、規則正しい寝息に、知らず、笑みが浮かぶ。
 どうも、最近、病がはやっている所為か。
 常に増して、薬種のほうは忙しい。
 昼の仕事に疲れた身を、起こさぬように布団に滑り込ませる。

「お疲れ」

 不意に、掛けられた言葉に、僅かに、目を見開く。
 
「起こしちまったかい?」

 小声で、掛ける言葉に、すまなそうな、色が滲む。
 振り返った佐助の横顔に、浮かぶのは微笑。
 微かに、首を振られ、敷き布を擦る髪が、音を立てた。

「いや…」

 けれど、その声は応えとは裏腹に、眠気を孕んでいて。
 思わず、笑ってしまう。

「いいよ、嘘吐かなくても」

 笑い混じりに、揶揄する様に言えば、はっきりと向き直った顔が、意地になって睨みつけてくる。

「起きてたよ」
「はいはい。そういうことにしとこうかね」

 一層、笑みを深くすれば、不満げに唇を尖らせるから。
 機嫌を取るように、軽く、口付け落とす。

「若だんなは?」

 流行る病を拾わぬようにと、離れから出ぬようにきつく言いつけて。
 食事も全て、火を通したものを、出すようにはしているけれど。
 それでも、誰より身体の弱い主だから。
 声音には、つい、心配げな色が、滲む。

「大丈夫だよ。…だいぶ不満が溜まっているようだけど…」

 苦笑交じりの声に、思わず、溜息をこぼしそうになる。
 そろそろ、こっそり抜け出しかねない様子に、つい、眉間に皺が寄る。

「松之助さんでも、守にやろうか」
「ああ、それは良いかもしれない」

 松之助本人が聞いたら、戸惑うような会話であろうけれど。
 二人は至って、真面目だった。

「こっちは閑古鳥だからね。頼んでおくよ」

 その言葉に、そうしてくれと頷いて。
 もう一度溜息を吐けば、気遣うように、ゆるく髪を梳かれて、視線を上げる。

「そっちは忙しいみたいだものねぇ…」

 疲れているのだろうと、気遣うような言葉に、軽く、苦笑して首を振けれど。
 つい、その首筋に、顔を埋めてしまう。

「まぁ、長崎屋が繁盛するのは良い事だからね…」

 顔を埋めた肩口で、呟くように零せば、吐息がかかるのか、声が響くのか。
 佐助が小さく、首を竦ませた。
 その様に、つい、口角が吊りあがる。

「佐助…」

 囁くように、耳元に落とせば。
 びくり、佐助の肩が、大きく震えた。
 その反応に、一層、笑みを深くして。
 腰に回していた手で、ゆるく、腰骨をなぞり上げた途端。

「―――っ…駄目だ」

 きつく、手首を押さえ込まれて、仁吉は不満げに、唇を尖らせる。
 こつり、佐助の額に、己のそれを合わせて。
 強請るように、視線を投げるけれど。

「眠い」

 一言、返された言葉に、先ほどまでとは違う意味の、溜息が漏れる。
 それでも、無理強いする気は、更々無いから。
 大人しく、いつもの位置に、腕を回す。

「昔は寝ずに待っててくれたのにねぇ」

 態と、溜息混じりに、寂しさを滲ませて零せば、腕の中の身体が、微かに、身じろぐ。

「な、何だい。いきなり…」
「別に?…ただ、昔はそうだったなぁと言う話だよ」
 
 揶揄する様に、口角を吊り上げて言えば、佐助の視線が、戸惑う様に、揺れた。
 
「そ、れは…だって昔は…」
「うん?」

 珍しく、殆ど口の中で呟くように漏らされる言葉に、聞き逃さぬよう、耳を寄せる。
 
「お前が、…もう帰って来ないんじゃあないか、とか…色々考えたり、してたから…」

 耳に届いた、その小さな声に、目を見開く。
 思い出すのは、まだ出合って間もない頃の、不安定さ。

「そんなこと、一度だって無かったじゃないか」

 宥めるように、髪を梳きながら。
 伺うように覗き込めば、小さく、頷かれる。

「うん。…だから、今は…もうそんなこと無いって、分かってるから…」

 覗き込んだ目元が、赤い。
 気恥ずかしいのか、俯いたまま、ぎゅっと、肩口に顔を埋めてくる。
 その様がもう、愛しくて。
 
「安心して、寝てなよ」

 音を立てて、口付ける。
 視線が合えば、照れたように笑うから。 
 つられ、仁吉からも、笑みが零れる。

「おやすみ」
「おやすみ」

 軽く、口付けを交わして。
 愛おしさを、互いの腕に抱いて、眠りに落ちた―。