ぱらりと、雑誌をめくる乾いた音と、傍らに置かれたスナック菓子を弄る音が、無音の部屋の音を支配する。
窓から差し込む暖かい午後の陽光が、背中を照らす。
背中で、もう一つ、乾いた音が立てられても、瑞垣は大して気にもしなかった。
先程から、巧が時折、読み終えた雑誌を、別のものと交換していたから。
「何だよこれ」
不意にかけられた硬い声音に、ベッドの上に腹這いになったまま振り返ると、巧が声と同じぐらい硬い表情で睨みつけてくる。
突きつけられた見覚えのある用紙に、瑞垣の顔色が変わった。
思わず、身を起こす。
「ちょ・・・っ何勝手に人の机漁っとんじゃ」
「漁ってねぇよ。・・・机の上に放り出してあったぞ」
慌てて手の中のものをひったくるも、時すでに遅し。
何でこんなもの出しっ放しにしていたんだと、数日前の自分を責めても、もう遅かった。
突きつけられたのは高校入学後、二回目のテストとなるいわゆる『一学期期末試験』の解答用紙。
白紙に近いその紙の左端、氏名記入欄の横に赤ペンで殴り書かれた点数は、2桁に満たないひどいものだった。
「何だよそれ」
巧の声は、低い。
瑞垣は内心軽く舌打ちして、それでもいつもの人を喰ったような笑みを用意する。
「嫌やわ姫さん。生徒指導かいな。高校入ったら急に問題難しなったんや。しゃーないしゃーない」
ばさりと、乾いた音がした。
顔にぶつかる、乾いた軽い衝撃。
床に、数枚のA4用紙がばさばさと落ちた。
「ふざけんな。どれもこれも、一番難しい問題だけといてあるじゃねぇか」
全部出しっ放しにしてたのか・・・と、頭は関係ないところで、過去の自分を振り返る。
落ちた用紙を拾い集め、適当に揃えると、乱雑に散らかった机の上に置く。
その紙はどれも、一番最後の問題だけが解かれていた。
一番、配点が高い問題。
それだけで、それが一番難易度が高い問題だと分かる。
巧の視線を無視して、もう一度ベッドに横になり雑誌を開いた。
陽光に、舞い上がった細かな埃がきらきらと舞う。
その向こうで、巧は納得がいかない表情を浮かべたままだ。
「どういうことだよ。野球やめて、野球部もねぇような進学校に行ったと思ったら・・・あんた何がしたいんだよ」
巧の言葉に、瑞垣はようやっと、顔を上げる。
思わず、苦笑が零れた。
「姫さんにはわからんやろぉなぁ・・・」
本当に欲しいものの、トップに立つものには分からないだろう。
瑞垣にとって、こんな紙切れは何の意味もない。
あの学校も、何の意味もない。
野球がないということ以外は。
けれどそれが、瑞垣にとって一番重要だった。
勉強以外、何の意味もないと、信じきっている学校。
そこに甘んじている自分。
それでよかった。
そこでトップになったとして、何の意味もない。
そんなことは望んではいない。
欲しくもない。
「姫さんにはわからんよ・・・」
力なく笑う瑞垣に、巧は困惑したように眉根を寄せる。
「アンタ意味わかんねぇよ・・・」
わからなくていい。
そう、瑞垣は心内で小さく呟いた。