随分早くなった日暮れ時、蜩の声に混じって、屏風のぞきの呆れたような声が響く。

「よく言ったもんだね」

 手代二人が、招待状とやらを受け取って、異界の宿に出かけて行くのを見送って、屏風のぞきが人の悪い笑みを浮かべて、一太郎を見遣った。
 大事の若だんなを一人残していけるはずがないと言った二人に、「いつも世話をかけている二人だもの。行って来て欲しい」と、親の情に訴えるような台詞を吐いて送り出した一太郎。
 その照れたような、優しげな笑みは、ひどく二人を感激させたようだけれど。
 屏風のぞきは、その笑顔の裏にある腹積もりを見抜いていたようで。

「お前さん、松之助さんとゆっくりしたいだけだろう」

 屏風のぞきの言葉に、傍で聞いていた守狐は、驚いたように、僅か、眼を見開いた。
 それには気付かぬのか、一太郎は困ったような笑みを浮かべる。

「ひどいねぇ。私は本当に、あの二人に感謝してるし、ゆっくりしてきてもらいたいと思っていたよ」
「ほぉう。なら、そういうことにしとこうじゃないか」

 揶揄するように片眉を引き上げ、含みのある視線を投げ寄越す屏風のぞきに、一太郎は一つ苦笑して。

「ただ、その間に、私も兄さんとゆっくり出来たらなとは思ったけどね」

 ぺろりと、愛らしく舌を出す一太郎に、屏風のぞきがそれ見たことかと、呆れたような表情を浮かべた。

「だから今日は…」
「はいはい。いつも寝間からは遠慮してるじゃないか」

 うんざりと眉を顰めて屏風のぞきが言えば、一太郎が宥めるようにそっと、その手に金子を握らせて。
 気前良く握らされたそれに、屏風のぞきは途端、嬉しげな笑みを見せた。

「ま、あの二人には可哀想だから黙っといてやるかね」

 相変わらずの軽口に、一太郎は微笑って、「頼むよ」と言い置いて、その松之助の元へでも行くのか、離れを後にした。
 残された二人の頬を、涼しげな夕風が撫でて行く。
 菫色に暮れ行く空は、夕餉の時が近いのを知らせ。
 どうやら一太郎は、その夕餉を一緒にと、誘いに行ったらしい。

「あの二人、恋仲だったのか」

 驚いたように零す守狐に、屏風のぞきが苦笑を漏らす。

「やれ、情報が遅いね。…おたえには黙っておいてやりなよ。初めての色恋沙汰だもの。親に知れたら若だんなが可哀想だ」

 その言葉の端々には、一太郎を思う屏風のぞきの心が見て取れて。
 見上げれば、その目は優しい色を帯びていた。
 おたえも、当たり前にそうだけれど、この店の者は皆、一太郎の話をするとき、ひどく優しい顔をする。
 それを見止め、守狐の目元も、自然、和んだ。
 
「ま。構わんよ」

 言いながら、市松の肩に凭れれば、降って来るのは微笑。
 優しい手に撫でられる耳が、不意に、こちらへ近づく足音を捉え、二人はそっと、隣の間へと姿を消した。




「本当にねぇ…人の子の成長は早いったら…」

 一太郎がくれた小遣いで買った酒と、これも一太郎が、こっそりと差し入れてくれた肴をつまみながら、屏風のぞきがその目元を和ませながら呟く。
 頷き、酒を煽りながら、守狐も、幼かったおたえも、もう子が独り立ちする時期になったのかと、細い目を一層、細めた。
 と、不意に脇の下から手を差し込まれ、ふわり、体が浮く。
 立てた両の膝の間に抱き込まれ、守狐は嬉しいけれど、これでは酒が飲めぬと、不満げに屏風のぞきを見上げた。
 
「眠い…」
「…相変わらず弱いねぇ…」

 見れば、その目元は上気し、切れ長の目は潤んでいて。
 ふかりとした己の毛皮に顔を埋める屏風のぞきの、その熱を孕んだ吐息が、守狐の耳を擽る。
 立てた膝から零れる白い足が、無意識だろう、絡み、守狐の白い毛皮を撫で上げて。
 
(これで堪えろってのが無理だろうよ…)

 内心で呟いて、変化を掛ける。

「ぅ…わっ?」

 ゆらり、不意に腕の中の存在が揺れたかと思うと、唐突に重みを増したそれを支えきれず、屏風のぞきは後に倒れこんだ。
 打ち付けたのだろう、後頭部の痛みに顔をしかめつつ守狐を見上げた屏風のぞきが、怪訝そうに小首を傾げる。 

「何で半妖になってんだい?」

 そのきょとんとした表情を見下ろしながら、守狐の口の端に、楽しげな笑みが乗る。
 その姿は、先程の狐のそれではなくて。
 尾と耳は、確かに狐のそれを残してはいるけれど、姿は人に近く。
 けれど、その糸のように細い目の奥、金色の光を湛えた瞳も、頬に掛かる真白い髪も、決して人のそれではない。
 
「煽ったのはお前だからね」
「へ?」

 間が抜けた声を零す唇を、己のそれで塞げば、絡めた舌に残る咽るような酒の匂い。
 酒の入った体で、碌な抵抗が出来るわけもなく。
 程なくして、首筋に絡む腕に、守狐の尾が、満足げに揺れた。

「ふ…んぁ…ぅ…」

 ざらりと、人のそれとは違う舌に首筋を舐め上げられ、屏風のぞきの唇から、戦慄くような吐息が零れる。
 その反応を上目で確認して、守狐の、細く白い指が、そっと着物の帯を解く。
 
「あ…あぁ…」

 鎖骨から開けた胸元へと、柔く指で辿られ、舌を這わされ、白い喉が仰け反り、堪えることのない声を漏らす。

「ひゃ…っあぅ…」

 ふさりと、尾で脇腹を撫で上げれば、びくりと走る震えが愛おしい。
 人の身では絶対に与えられることのない、奇妙な快楽に、愉悦の色が、屏風のぞきの瞳に滲む。
 色づいた声は、ひどく守狐を煽ったけれど。
 不意に思いつき、その耳元、そっと、囁きを落とす。

「声…出さないほうが良いんじゃないかい?」

 揶揄するように目を細めて笑えば、怪訝そうに見返され。
 その潤んだ眼差しに、ぞくり、守狐に震えが走る。

「結界、張ってないからねぇ…聞こえたら拙いだろう?」
「え……?」

 信じられないという様に目を見開く屏風のぞきに、楽しげな笑みを零して。
 守狐は、構わず、止めていた指を這わせ始める。

「だってこちらとあちらを区切っちまったら、何かあったとき困るじゃないか」

 今日はあの二人も居ないからと、続ければ、慌てたように身を捩るのを押さえ込む。
 唇を寄せた耳元、そっと舌を這わせれば、漏れそうになった声を、必死に堪えようとする様が愛おしい。

「や…待ちなよ…結界…」
「だから、お前が声を出さなけりゃあ、何の問題もないんだよ」
 
 本当は困ることなど何も無いし、現に、きちんと結界は張っているのだけれど、面白いから、伝えてはやらない。 
 随分意地の悪いことをしているとは思うけれど、必死に声を殺そうと身を震わせる様が可愛くて。
 
「あ…っんぅ…」

 漏れた声を、屏風のぞきは己の手を噛んで堪えた。
 指の腹で、胸の突起を嬲るように弄れば、細い背がしなる。

「ん…っくぁ…っ」

 指の狭間から零れる、押し殺された吐息は淫猥に守狐を煽り立てて。
 きつく閉じられた屏風のぞきの両の瞼を、じわり、涙が濡らす。
 嬲り、硬さを帯びた小さな突起に、舌を這わせ、わざと、声が漏れるよう歯を立てた。

「ひ…っぁやめ…っ」

 押しやろうと、伸ばされた手を、払い除けて。
 ふさりと、尾で内腿を撫でれば、妖しい感触に、逃れるように身を捩る。
 けれど、中途半端に浮いた腰は、求めるような仕草を見せて。
 守狐の口の端、微笑が浮かぶ。

「あ…あぁ…っ」

 唐突に、ざらりとした、狐の舌に自身を包まれ、屏風のぞきの唇から、堪えようも無く声が漏れる。。
 足の間に顔を埋めた守狐の肩に置かれた手が、痛いほどに爪を立てた。

「ひぁ…ぅあぁ…っ」

 裏筋を辿り、きつく上下に扱くように吸い上げ、尖らせた舌先で鈴口を擽れば、きつい快楽に、がくがくと身を震わせる屏風のぞき。
 見開かれた両の目から、ぼろり、零れ落ちた涙が、畳に染みを作った。
 酒の所為で敏感になっているのだろう、堪えることもせずに、口腔内、精を吐かれ、守狐は揶揄するように口角を釣りあげる。
 尾で脇腹をくすぐれば、敏感な身体はびくりと震え。

「ちょっと常より早くないかい?」
「な…んぅ…」

 言いながら、舌を絡ませれば、残る苦味に、苦しげに屏風のぞきの眉根が寄せられる。 
 その胸の突起を、少しきつめに、爪の先で掻いた。

「い…っ」

 じわり、涙を滲ませて、何をするんだと睨みつけてくるのに、返すのは、困ったような笑い顔。

「お前、声を出すなといったろう?」
「あ…」

 先程の痴態を思い出してか、さっと目元を朱に染める。
 戸惑うように見上げてくる目を、べろり、舐め上げて。
 さりげなく開かせた足の間、後孔にそっと、指を這わせた。

「な…待…っ」

 制止の言葉は無視して、つぷり、指を差し込めば、途端、身を強張らせて。
 ゆるく中で動かせば、喉を反らせ、必死に声を殺す。
 その白い首筋に、舌を這わせ、走る震えを楽しむように、指で内壁を弄った。

「ぁっ…ぅ…」
 
 ぎゅうと、きつく縋り付いて来る指が、守狐の首筋に爪を立てる。
 その小さな痛みは、そのまま屏風のぞきの感じる快楽を、守狐に伝えていて。
 強張る身体は、常より指を締め付けた。 

「あ…も…頼む、から…ぁ結…か…張って…」

 切れ切れの哀願に、宥めるように口付けを散らし、髪を梳いて。
 暗に拒絶を示せば、いやいやをするように首を左右に打ち振られた。

「嫌…ぁだ…嫌…」

 虚ろな視線が、空を彷徨う。
 それを引き寄せるように、強引に指を増やし、敏感な箇所を擦り上げれば、声にならない悲鳴を上げて、屏風のぞきの爪先が、畳を掻いた。
 激しく中を責め立てれば、ぼろぼろと涙が零れ落ちて。
 荒い吐息は、声を出せぬ所為か、苦しげだった。
 
「守…つね…た、のむ…から…ぁ」

 縋るように名を呼ばれ、泣き濡れた目で見上げられ。
 それは相手の嗜虐心を煽ると、気付いているのかいないのか。
 思わず、苦笑を漏らし、宥めるようにもう一度、瞼に一つ、口付けを落として。
 指を引き抜けば、ほっと、屏風のぞきが、安堵の息を吐いた。
 その表情を、守狐は穏やかな微笑を浮かべて見下ろして。
 優しげな声で、その耳元、落とすのは残酷な囁き。

「だめ」
「ひ…―――っ」

 悲痛な声が、小さく、屏風のぞきの喉から迸ったのと、一息に突き入れたのは同時。
 馴染むまで待ってやることもせずに、激しく突き上げて。

「ぁ、や…あぁ…っ」

 揺さぶられ、突き上げられて、痛みと快楽の狭間で、屏風のぞきはもう、声など堪える余裕は無いようで。
 必死に縋り付いて来るその細い背を掻き抱いて、突き上げる。
      
「うぁ…ぁ…守狐…もり…」

 突き上げるたび、涙が散った。
 零れるそれを舐め取ってやり、重ねるのは唇。
 一層激しくなる律動に、屏風のぞきは守狐の腕の中、背を仰け反らせて喘いだ。

「ひ…ぁあ…―――っ」

 自身には触れてもいないのに、屏風のぞきは二度目の精を吐き。
 そのきつい収斂に、守狐もつられるように、屏風のぞきの中に白濁とした熱を解く。
 絶頂の余韻に、震える屏風のぞきからそっと自身を引き抜けば、どろりとした白濁がその白い内腿を伝い、畳を汚した。
 それはひどく、淫猥な光景で。
 染みを作る前にとふき取り、ついでにと、後始末をしてやっていると、ようやっと、我に返ったのか、屏風のぞきの白い手が、同じぐらい細い、守狐の手を掴んだ。

「どうした?」
 
 覗き込み、伺うように尾で顎を擽れば、恨めしげな視線が返って来て。
 
「絶対…聞こえた…」

 ぽつり、掠れた声で漏らされた言葉に、声を立てて笑う。
 大丈夫だと、その乱れた髪を整えてやりながら、守狐は事実を告げた。

「ちゃんと結界は張ってたさね。勿論、向こうに何か分かればすぐ分かるように」

 その言葉に、屏風のぞきは驚いたように目を見開いて固まって。
 何か言いかけた唇に掠めるように口付ければ、諦めたのか、ぐったりと脱力して凭れ掛って来る。
 それを抱き込み、笑みを向ければ、返って来るのは小さな溜息。

「あたしが惚れた守狐は…こんなにも性が悪かったかねぇ…」

 己の肩口に顔を埋め、力なく零された言葉に、守狐は声を立てて笑った。

 秋の夜長はまだ、始まったばかり―。