「遊ぼうっ!」
勢い良く己の懐に飛び込んできた小さな真白い塊に、屏風のぞきは面倒くさそうに眉を顰めた。
「嫌だよ。あたしは眠いんだ」
ごろり、横になったまま追い払えば、頬を膨らませて纏わり付いてきて。
鳴家に逃げられ、おたえはおぎんと買い物に出かけ。
守狐を始めとする、他の狐が相手にするはずも無く。
お使い仔狐の天空は、暇を持余していたのだ。
「遊べ、遊べ遊べっ!」
きゃんきゃんと纏わり付いてくる天空に、背を向けて寝ていた屏風のぞきは当然、寝れるはずも無く。
暫く無視を決め込んでいたけれど、まだ先の尖った子供の牙で噛み付かれ、とうとう根を上げた。
「あぁもう煩いがきだねぇ。いっそお前も寝な」
「嫌だっ」
天空は強く抵抗したけれど。
さすがに仔狐には勝てるのか、屏風のぞきは易々とその小さな毛玉を腕に抱きこんだ。
「放せよぅ」
「はいはい。寝る子は育つって言うだろう」
しばらくは足掻いていたけれど、その白く細い指に、顎の下を撫でられ、耳の裏を掻いて貰い、心地良くなったのか、直に、その幼い目はとろりとし始め。
「やっぱり子供だねぇ」
揶揄するように呟く屏風のぞきの、その和んだ視線の先には、市松模様の懐で、丸くなって眠る天空がいた。
障子から差し込む、温かな午後の日差しが、一人と一匹を包み込んで。
「お前も子供には甘いねぇ」
呆れたように、その様を眺めていた守狐が声を上げた。
他の狐達は、天空に標的にされるのを恐れてか、姿を隠してしまって。
音の無い部屋に、天空の規則正しい寝息が響く。
「さて…静かになったことだし…」
己も寝ようと、天空を腕に抱いたまま、目を閉じかける屏風のぞきの頬に、ぶにと、奇妙な感触が触れた。
視線を上げれば、守狐が前脚を置いていて。
頬に当たるのはその肉球かと、合点する。
「なんだい?」
見上げれば、守狐は答えずに、ひょいと、屏風のぞきの腕から、天空を取り上げ、それでも起きないその小さな毛玉に呆れながら、脇に置く。
怪訝そうに見つめる先で、不意に、その白い狐の姿が揺れて、姿を変える。
唐突に、半分を人の身に化けた守狐。
狐の名残の白い尾が、ゆらり、揺れて。
糸のように細い目が、屏風のぞきの顔をのぞきこむ。
人のそれではない、真白い髪が、さらさらと、屏風のぞきの頬を擽った。
「どうしたんだい?」
問いかければ、金色の瞳が、微笑う。
「狐の姿じゃあ、お前を抱き込むには、ちょっとばかし背丈が足りないからねぇ」
言いながら屏風のぞきと同じぐらい、細く、白い腕が、その首の下に差し込まれ。
今度は己が、抱きこまれ、屏風のぞきは小さく、声を立てて笑った。
「お前、あんな子供に妬いたのかい?」
揶揄するように見上げれば、ぴくり、狐の耳が動いて。
ふさりと、真白い尾に首筋を擽られ、思わず、逃れるように喉を反らす。
その喉に、柔く歯を立てられ、舌を這わされ、屏風のぞきの体が、ひくり、震えた。
敏感なその反応に、満足げに笑いながら、耳元、守狐が囁く。
「当たり前だよ。私はお前に惚れてるもの」
自分でふっておきながら、守狐の率直な言葉に、屏風のぞきはさっと目元を朱に染める。
「全く…大人げの無い奴だねぇ…」
呆れたように詰る声は、微かに、上擦っていて。
照れを隠すその声に、守狐から零れる忍び笑い。
途端、不機嫌そうに睨みつけられ、一層、その細い目は楽しげに微笑う。
「あたしゃ眠いんだっ」
「はいはい。だったら寝ようかね」
腕から逃れようと身を捩るのを、より強く抱きこむことで阻む。
不服そうに唇を尖らせるのを、宥めるように髪を梳いて。
微笑を向ければ、ふいと、視線を反らすその目元に、一つ、口付けを落す。
「おやすみ」
「……おやすみ」
拗ねたような声は、それでも、ちゃんと返して来て。
素直なんだか、そうじゃないのか、良く分からないと、また、漏れそうになる笑いを、これ以上拗ねられては敵わないので、守狐は心の裡で零す。
穏やかで静かな音の無い部屋に、三つの寝息が響くのに、そう時間は掛からなかった。