「っふ…ぁ…っあ…」

 淫猥な寝屋の空気に、絶え間なく響く嬌声。
 嬌羞にその白い肌を上気させ、屏風のぞきは自ら腰を揺らし、高めていく。
 気まぐれに下から突き上げれば、喉を仰け反らせて喘ぎ、仁吉の上に一瞬、くず折れそうになり。
 途端、一瞬、思わず息を呑むほどの流し目で睨みつけられて。
 薄く笑みさえ刷いた、婀娜な唇に噛み付くように口付けられる。
 仁吉は一瞬、驚いたように片眉を上げたけれど、次の瞬間にはもう、絡み付いてくる舌を、きつく吸い上げていた。

「は…ぁう…」

 突き上げ、揺すられて、屏風のぞきの唇から、切なげな吐息が落ちる。
 唇を離せば、すぐにまた、自分から角度を変えてせがんできて。
 常にない姿に、知らず口の端に浮かぶ微笑。

「悪かったねぇ…随分と放っておいて」

 珍しく、優しげな声音で囁けば、濡れた瞳が一瞬、驚いたように見開かれて。
 けれどそれは、すぐに情欲の色に掻き消された。
 掠れた、切れ切れの声が、仁吉の耳元、落とされる。

「だっ、たら…ぁもっ…深、く…っ来とく…れ…っ」

 その言葉を仁吉の耳が捉えた途端、二人の位置は入れ替わり。
 急な動きに、屏風のぞきから引き攣った悲鳴が漏れた。

「…言ったね?」

 口角を吊り上げて見下ろせば、挑むように微笑され。
 一層高い悲鳴が、空気を裂いた。




 事の発端は、そもそも数日前から兆候を見せ始めていて。
 箱根から帰った途端、仁吉を待っていたのはいつもの日常で。
 溜まっていた仕事の処理に追われ、薬種の荷を捌き。
 何となく、屏風のぞきに違和感を感じていたけれど。
 忙しい日々がそれを押し流した。

「若だんなぁ、屏風のぞきめが我の饅頭を取りましたぁ」

 鳴家の泣き声に顔を上げれば、いつもの様に、鳴家たちと、箱根土産の饅頭を取り合う姿があって
 一太郎と、楽しげに言葉を交わす横顔も、態度も、なんらいつもと変わらないのだけれど。 
 微かに、感じる違和感。
 
「……」

 不意に、視線を感じて振り返れば、すぐに逸らされて。
 
―何を拗ねてるんだか…―

 内心、呆れ呟く。
 言葉を交わそうとしないどころか、帰ってきてからと言うもの、視線すら、仁吉と合わせようとはしない。
 思い当たる節など、ありすぎて。
 大して気にも留めていなかったけれど。

「…何か言いたいことがあるなら、はっきり言いな」

 始終背中に張り付く視線がうっとうしくて。
 一太郎と佐助が風呂に行っている間に、寝間の支度をしながら、そう投げかけた。

「別に…」

 久方ぶりに、屏風の中から己へと投げかけられた声は、やはり、不機嫌そうな色を帯び。  
 
「ああそうかい」

 素っ気無く返せば、落ちる沈黙。
 不意に、背中で衣擦れの音がした。

「―――っ」

 振り返った途端、首を引き寄せられ、荒く重ねられた唇。
 唐突なそれに、仁吉は一瞬、意外そうに目を見開いたけれど。
 差し込まれた舌には、しっかりと応えていて。

「……っ」

 唇を離した途端、きつく睨み上げられ、仁吉はひょいと、片眉を引き上げた。
 首筋に絡んだままの腕に、不意に力を込められ、触れ合うほどに近く、顔が寄せられる。
 裾を割って零れた白い足が、引き寄せるように仁吉に絡む。

「人をほっぽって出ていったんなら…帰ってきたならとっとと犯りに来いってんだ」

 低く、落とされた言葉は、荒いけれど。
 その目元は言葉とは裏腹に、朱に染まっていて。
 睨み付ける瞳も、微かに震えていた。
 その様に思わず、仁吉から笑みが零れ。

「そりゃあ…悪かったねぇ…」

 今度は己から、口付ける。
 寂しかったのだと、声にならぬ言葉を、絡めとってやる。
 
 風呂から戻った一太郎を出迎えたのは、主の抜けた屏風絵だった―。