ひどく優しい動きで、指先が肌を辿る。
戯れに触れるそれとは違う丁寧な指先に、屏風のぞきはつ、と眉根を寄せた。
「仁吉さん…」
呼ぶ、声は熱に掠れていたけれど。
求めるのはこんな優しい熱ではない。
「仁吉さん…」
伸ばした指先は、捕らえられ、口付けられて。
優しいそれは、まるで壊れ物に触れるかのような。
―アンタらしくないじゃないか…―
いつもの様に酷い言葉を投げつけてくることはあっても。
惨い仕打ちを受けることは無くなった。
その代わり、あの、頭の芯が痺れるような熱も、失った。
ゆるく、高められる熱は、心地良いけれど、ひどく曖昧で、いっそ心もとない気がする。
「仁吉さん…っ」
名を呼ぶ声に、詰るような色が滲む。
肌を這う指が、止まった。
「何だい?」
問いかけてくるくせに。
その瞳は、決して此方とあわせられることが無い。
視線が、絡まない。
最近、そんなことが多い。
「何…怖気づいてんだい」
「何…?」
初めて、視線が絡む。
向けるのは、挑むような、笑み。
「白沢さんが、何、怖気づいてんだい」
「………」
じっと、見下ろしてくる瞳が、ほんの僅か、揺れる。
ゆらり、蝋燭の灯が揺れて。
仁吉の表情が、完全に、見えなくなる。
「随分、いつもと勝手が違うじゃないか」
「アンタらしくない」と、耳元、揶揄するように囁けば、不意に、伸びてきた手に、喉元を押さえつけれて、息を詰める。
「言うじゃないか」
見上げた、口元に浮かぶのは、酷薄そうな笑み。
見慣れたそれに、知らず、屏風のぞきの口元にも、笑みが乗る。
―そう、それで良い…―
呼吸をせき止められ、頭の芯が、ぼやけてくる。
唇が、声も無く戦慄く。
途端に、手を離され、肺腑に急激に空気が流れ込む。
激しく咳き込めば、胸が、軋むように痛んだ。
「…い…っ」
呼吸も儘ならない身を、ぞんざいに反転させられて。
目の前の敷き布を、苦しさのままに握りこめば、唐突に髪を引き掴まれ、上向かされて。
無理な角度を強いられた喉が震えた。
「あぁ……っ」
慣らしてもいない後孔に、不意に指を差し入れられて。
乾いた痛みに、悲鳴にも似た声が、迸る。
反射的に顔を伏せれば、ぎちり、引き掴まれたままの髪が痛んだ。
乱暴な指先から与えられる痛みに、苦しさに。
痺れるような熱が、身体の奥底、宿る。
「に、きちさ…」
熱に掠れた声で呼べば、噛み付くように口付けられた。
じわり、口腔内に鉄の味が滲んだから。
本当に噛み付かれたのかもしれない。
「にきちさん、…にき…」
何度も何度も、名前を呼ぶ。
熱に浮かされ、痛みに意識を引き戻されて。
身を穿つ熱に、確かに、まだ在る己を感じることが出来た。
―あたしはまだ…此処に居る…―
徐々に薄れていく妖気に、消え行く己を感じずには居られないけれど。
それでも。
「にきちさん…仁吉さん…」
突き上げられ、嬲られて。
痛みと快楽に、互いの熱が交じり合うこの瞬間は確かに己を感じることが出来たから。
「…く…ぁ…っ」
不意に、背後から首筋を締め上げられて。
呼吸が、塞がれる。
きゅうと、屏風のぞきの内壁が仁吉自身を締め付ける。
己の全てが、仁吉に塗りつぶされるような、そんな、感覚。
「あんたの手で…殺しとくれ…」
呼吸すら、仁吉の手の内に納められて。
加速する快楽に、熱に、意識が真白く塗りつぶされる寸前。
零れるように、囁かれた言葉に、仁吉の双眸が僅かに、見開かれた。
「それがお前の望みなら…」
小さく、呟かれた応えは、意識を手放した屏風のぞきには届かなくて。
ただ静かに、部屋の空気に溶け消えた。
青白い頬は文字通り透けるほど。
ただ穏やかに微笑うその姿がひどく遠くに思えて。
弱りきった脆弱な身体に無理を強いるとは分かっていても、触れずに入られなかった。
その存在を、どうしても確かめなくてはならないと思ったから。
それでも、先の様に手荒く扱うのは躊躇われた。
そんなことをすれば、すぐにでも毀れてしまうような。
抱いた先から掻き消えてしまうような。
愚かしい、稚い程の不安。
怖かった。
情けないがそれが事実だろうと、仁吉は思う。
そんな想いを抱いたまま、触れる指先はただ壊れ物に触れるような臆病な動きを見せていた。
けれど、挑むように笑まれて。
その瞳の奥に、己の全てを見透かされているような気がして。
箍が、外れた。
―嗚呼だけど…―
愉悦に溶ける屏風のぞきの瞳を、見つめながら。
その身体の奥底、内包する怖れを、見た気がした。
誰よりも穏やかに笑いながら。
誰よりも、恐れていたのではないだろうか。
―お前が望むなら―
ぎちり、狭い内壁を突き上げる。
はたり、屏風のぞきの白い内腿を伝って、紅い雫が、敷き布に落ちる。
白濁とした先走りと交じり合い、それは淫猥な桃色の染みになった。
碌に慣らしてもいない其処は、互いに痛みしか与えない。
それでも、確かに強く、互いの存在を感じることが出来た。
「………」
伸ばした指先が、屏風のぞきの首筋に絡む。
呼吸を奪えば、反射的に内壁が締まる。
強く、自身を締め付けてくるのを、熱の高ぶるがままに、穿つ。
振り仰いでくるその眼は、確かに、笑っていた。
「あんたの手で…殺しとくれ…」
互いの熱を、開放する寸前。
零れるように、屏風のぞきの唇が、そう囁いた。
「それがお前の望みなら…」
怖れも、痛みも、何もかも全て、奪いつくしてやろう。
「お前はあたしのものだもの」
そっと、巡る大妖の妖気に、寸の間、色を取り戻した頬を撫でる。
微かに、哀しげな色を帯びた仁吉の口元には、愛しげな笑みが、浮かべられていた。