「昼に入っとくれ」
響いた声に、皆の顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
「おや若だんな」
不意に届いた声に、振り返れば佐助と何事か話す、一太郎がいた。
その手には、何か包みが持たれていて。
「どうしたんですか?」
重いだろうと、佐助が貰い受けようとするのを遮って、向き直る一太郎。
「もうお昼でしょう?兄さんと食べようと思って」
松之助の分も、弁当にしてもらったと告げる、屈託無い笑い顔に、佐助を伺えば、すぐさま、一太郎の視線が、縋る様に見上げるから。
「だったら離れに…」
昼餉を担ってるはずの仁吉は何をしているんだと、一瞬、佐助の視線が薬種問屋の方に流れた。
「嫌だよ。せっかくお弁当にしてもらったんだから」
「若だんな…」
しょっちゅう、寝付いてしまうから。
弁当持ちの外出は当たり前にかなわないどころか、外出すらも、ままならない。
せめて、雰囲気だけでも楽しみたいという一太郎の心に、胸が詰まる心地がした。
「ね?あったかくしてきたし、薬も飲むよ。だから…」
「分かりました。…少しの間だけですよ?」
佐助も、同じ心地がしたのか。
苦笑交じりの頷きに、一太郎と一緒に、松之助も、知らずに安堵の息を吐いてしまった。
「ありがとう佐助。…行こう?」
ひどく嬉しそうな笑い顔でそう言って。
さりげない仕草で、手を取られ、微かに、困惑する。
けれど、決して、拒むことが出来ない自分がいることも、松之助は分かっていた。
「此処にしようか」
そう言って、一太郎が指し示したのは社のすぐ傍に置かれた、庭石の上。
冷えるからと、何処からともなく現れた仁吉が、目一杯重ねていった座布団の上に、ふうわり、腰を下ろす。
「外出に座布団はないだろうに…」
「けれど冷やしたら、風邪を引きます熱が出ます。…本当の外出も叶わなくなりますよ」
溜息を吐く一太郎を、苦笑交じりに宥めてやる。
そんな、たわいもない会話を、交しながら。
暖かな日差しの下。
二人揃って、包んでもらった弁当を、食べる。
ちぃと、名も知らぬ鳥が、頭上で甲高く鳴いた。
「ごちそうさまでした」
きちんと、手を合わせて包みを戻す松之助に、一太郎が驚いた様に、目を見開く。
少し、慌てながら。
松之助の半分もない量に、懸命に箸を動かす様が、微笑ましい。
「ゆっくりで良いですよ。あまり慌てると喉に詰めます」
「…うん」
情けなさそうに眉尻を下げるから。
微笑って、ふうわり、頭を撫でてやる。
途端、一太郎の目尻に、微かに朱が走ったのには、松之助は気付かない。
「今日は全部食べられそうですか?」
いつも、ただでさえひどく少ない量を、残してしまうから。
つい、声に心配げな色が滲む。
「うん。今日はお弁当にしてもらったし…。兄さんと一緒だから」
そう言って、ひどく嬉しそうに笑うから。
松之助は自分の目元が、熱くなるのを感じた。
先ほどの鳥だろうか。
庭の木々で遊ぶ様に、知らず、目元が和む。
不意に、一太郎に右手を取られて。
どうしたのかと、訊ねる間もなく、一太郎の指先が、松之助の掌の上を、滑る。
くすぐったさに、小さく、身じろいだ。
「昔ね、外に遊びに行けなかったでしょう?だからよくこうやって、兄やたちと当てものをしたんだよ」
それを、今不意に思い出したという一太郎の指先が、松之助の掌に、かな文字を描く。
指の動きで分かるといけないからと、目を閉じるように言われ、松之助は笑いながら、その瞼を閉じた。
「分かる?」
音もなく掌を滑る指先。
一字、描く度。
くすぐったさに、僅か、指先が跳ねた。
「み、は、る、や…三春屋ですね?」
「当たり」
一太郎が、嬉しそうに笑うのが、気配で分かる。
次々と、描かれていく文字を声に出す。
微笑ましい遊びと、微かな掌のくすぐったさに。
松之助の口元にも、笑みが浮かんだ。
「これは?」
「…い、ち、た、ろ、う。……一太郎」
声に、微かな躊躇いが混じるのは、己が、名前を呼ぶ時には意味がこもるから。
なんとなく、気恥ずかしくて。
目を閉じたまま、少し、俯いてしまう。
一太郎が、その口の端、満足げな笑みを浮かべたことには、目を閉じている松之助は気付かない。
「じゃあ、これは?」
白く細い指が、描いたのはたったの二文字。
松之助は思わず、両の目を、開いていた。
「………」
答え様としたのか、それとも何か別の言葉が言いたかったのか。
微かに開いた唇が、小さく、震えたのだけれど。
音にはならなかったそれに、一太郎は覗き込むように、松之助を見上げた。
「分からなかった?」
ならもう一度と、右手の平。
あてがわれる指先に、松之助は小さく、首を振る。
答えを、望んでいるのではないのは、松之助にも分かる。
一太郎が望むのは、そこに込められる意味。
気恥ずかしさに、目元が熱い。
「兄さん、答えて?」
きゅっと、捕らえていた右手に、そのまま手指を絡ませられ、促される。
上目越し、ねだる様に見上げてくる瞳に、追い詰められるような、心地がした。
思わず、逃れるように、目を逸らしてしまう。
「ね?」
絡めた手指を引き寄せられ、視線を戻される。
ただ松之助だけを、見上げてくる視線は、決して逸らされることは、ない。
「す、き…」
もうきっと、頬まで赤いに違いない。
「ありがとう」
言葉と同時。
一太郎の唇が、松之助のそれに、触れる。
伺うように、唇をなぞる舌先に、気が付けば誘うように、薄く唇を開いていた。
「ん、う…」
零れた吐息はどちらのものか。
項を撫でる、ひんやりとした指先に、松之助は小さく、身を震わせた。
「ぁ…だ、駄目です…っ」
首筋へと辿る指先が、そのまま着物の合わせ目から忍び込もうとしてくるのに、慌てて、一太郎の薄い肩を、押し返す。
「どうして?」
上目越し、人より大きな瞳に、また、ねだる様な色が滲む。
けれど、これだけは、出来ないと首を振る。
「だって…まだ仕事中ですし、こんな誰が来るとも知れぬ場所で…昼間から…」
羞恥に、後になるにつれ、声が小さくなってしまう。
「第一、 若だんなのお体に障ります」
それだけはきっぱりとはっきりと。
告げる松之助に、その呼び名に、一太郎は諦めたような溜息を一つ。
「そうだね…。私も兄さんに迷惑は掛けたくないし…」
しおらしく呟かれた言葉に、松之助はほっと、安堵の息を吐いた。
「じゃあ、夜なら良い?」
けれど、続いた言葉に、また、目元が熱くなる。
上目越しに覗き込まれて、ねだられて。
結局、困った様に眉尻を下げながら。
朱に染まった頬で、松之助は小さく、頷いた。
「きっと、だよ?」
「ん…」
差し出される小指に、己から、小指を絡ませて。
げんまんをきれば、一太郎がひどく嬉しそうに笑うから。
結局、松之助も困った様に、笑ってしまう。
いつの間にか、昼の休みも終わりに近づいていた。
「じゃあ、あたしは仕事があるので…」
「うん。いってらっしゃい。頑張って」
送り出してくれる笑顔に、はにかむ様に笑いながら。
松之助はお店へと、駆けて行った。
湯上りの所為だけでなく、頬が熱い。
行灯の影に、己の顔が隠れていることを願いながら、松之助は懸命に、つい先程の出来事を、頭から払おうとしていた。
「では松之助さん、若だんなを頼みます」
揃った、手代二人の声に、弾かれたように顔を上げて。
慌てて、頷いていてみせる。
音もなく閉じられた障子に、思わず、安堵の息を吐いていた。
そろえた膝の上。
きゅっと、手指を握り締りこむ。
まだ、熱が残っているような気がした。
一緒に、風呂に入ろうと一太郎にねだられて。
背中を流すところまでは、いつも通りだったのに。
『兄さんも』
と、背中を流してくれた一太郎の指先は、ひどく思わせぶりに、松之助の肌を辿って。
思わず、声を上げてしまいそうな程だった。
思い出しただけで、頬が熱い。
「兄さん?」
響いた、現の一太郎の声に、驚いて顔を上げると、随分と近い距離から覗き込まれていて、また、驚く。
その様を、くすり、笑われる。
「どうしたの?」
「いや…」
応える視線が、泳ぐ。
けれど、まるで甘えるように。
松之助の胸に、身を預けてくる一太郎が、ただ愛しくて。
思わず、口の端、笑みが浮かぶ。
「兄さんが、好き」
「あたしもだよ」
まだ少し、濡れた髪を梳いてやりながら。
絡む視線に、お互い、零すのはひどく愛しげな笑み。
髪を梳く指先が心地いいのか、一層、頭を預けてくる一太郎に、松之助は微笑ましい様な心地にさせられ
た。
「昼間はごめんね…」
ぽつり、不意に零された言葉に、目を見開く。
小首を傾げれば、一太郎の眉尻が、すまなそうに下がった。
「兄さんを、困らせてしまって…」
「あ…あれ、は…」
昼の、出来事を思い出し、知らず、頬が熱くなる。
言い淀む様に、一太郎が一層、眉尻を下げた。
「嫌、だったでしょう?」
「それは…」
確かに、少し困惑したのは事実だけれど。
「嫌じゃあ、ない。よ…」
誰より愛しい、一太郎のすることだから。
「それに…」
驚いて目を見開く一太郎に、向けるのは、少し気恥ずかしさを含んだ、微笑。
「一太郎は私が本当に嫌がることなんてしないもの」
一太郎の目が、一層、見開かれた後。
ひどく照れたように、笑った。
「だいすき」
言いながら。
きゅっと、首筋に抱きついてくる一太郎を、受け止めて。
その耳元、小さく、返す。
「あ、たしも…だよ」
絡む視線に、自然、二人の唇が、重なった。
「………っ」
首筋を這う舌に、背筋が震える。
吐き出した息が、震えていた。
「一太郎…っ」
呼ぶ声は、甘く色づいて。
絡む視線に、熱が篭る。
縋るように、手を伸ばせば、降って来るのは優しい口付け。
それがひどく、愛おしくて。
自ら舌を、差し入れる。
「は…っぅ…」
濡れた体温に、互いの粘膜が擦れ合う感触に、背筋が震える。
腕の中の一太郎の身体が、僅か、震えた。
「に、い…さん…?」
伺うように名を呼ぶ一太郎には、応えずに。
頤から首筋、鎖骨へと、ゆるく唇を這わせる。
吐き出される、震える息に、愛おしさが募った。
「ん…ぅっ」
ゆっくりと、降りていく唇に、舌先のざらついた感触に。
一太郎から、零れる声に、松之助の口の端、微笑が浮かぶ。
臍の窪みに、舌先を這わせて。
その更に下へと、辿る。
「無理しなくて良いから…」
松之助の意図を察したのか。
気遣うように、肩を押しやろうとするのに、向けるのは微笑。
「大丈夫…」
ほんの少し、気恥ずかしさが混じったそれに、一瞬、一太郎は息を詰める。
その間を、了承と取って。
松之助は、僅かに熱を孕んだ、一太郎自身を、口に含んだ。
「ぁ…ぅっ」
耳に響く、甘さを含んだ声が、愛しい。
一息に根元まで、咥え込んで。
少しきつめに吸い上げながら、裏筋に舌を這わす。
窪みを、ざらついた舌先で擽れば、手の中の熱が、増す。
「…は…っん…」
ちゃんと、感じてくれているのか。
ほんの少し不安げな色を滲ませて、伺うように見上げれば、切なげに眉根を寄せる一太郎と、目が合った。
その瞳の奥、滲むのは、確かな情欲。
松之助が、与えた悦楽。
その事実に、安堵すると同時に、少し、嬉しい心地が、した。
「もう…いい、よ」
掠れた声に、顔を上げる。
頬を上気させた一太郎と、目が合って。
気恥ずかしさに、少し俯きながら。
照れたように微笑えば、一太郎が微かに、息を詰める気配が、した。
頬に、落ちてくる口付けに、目を閉じる。
身体を這う指先に、快楽が、背筋を駆け抜けた。
「ぁ…っぅ…」
胸の突起を、指の腹で嬲られ、背が浮く。
ざらついた舌先の、濡れた感触に、ざわり、肌が粟立つ。
「ん…は…ぅっ」
空いた手が、内腿の柔らかな皮膚を、なぞる。
うっすらと爪を立てられ、その微妙な刺激に、細かな震えが、走った。
「兄さん…」
「…っんぁ…っ」
耳元、囁かれ、舌先に耳孔を侵される。
そのまま、耳介に軽く歯を立てられ、じわり、閉じた瞼に涙が浮かんだ。
「足、開いて?」
誘うように。
内腿、触れるか触れないかの、ぎりぎりの所をなぞりあげられる。
まだ一度も触れられない自身が、切なげに震えた。
「………っ」
羞恥に、微かに内腿を震わせながら。
松之助はゆっくりと、自ら、足を開く。
きゅっと、一太郎の腕を掴む指に、力が篭った。
「ぁ…っ」
何か、塗っているのだろうか。
ぬめりを帯びた指先が、後孔へと、潜り込んで来る。
その小さな圧迫感に、思わず、息を詰めてしまう。
「力抜いて…」
宥めるように、降ってくるのは口付け。
促されるまま、ゆっくりと詰めていた息を吐き出せば、弄るように、内壁を指先が、掻く。
「あぁ…っぅ…」
生まれる刺激に、爪先に力が篭る。
ある一点を強く擦られ、松之助の背が、反る。
見開かれた目から、涙が零れた。
「ぃ、ちたろ…いち…」
上手く回らぬ舌で、震える手で、求めるのは愛しい存在。
顔を上げた、その頬を引き寄せて、己から、深く口付ける。
「は…っぁう…っ」
零れる吐息に、艶が滲む。
飲み込みきれない唾液が、首筋を伝った。
「や…っぁ…」
指を増やされ、敏感な箇所を擦りあげられて。
快楽で、宙に浮いた意識の中。
抱くのはただ、愛しいという想い。
「いちたろ…」
その上気した白い頬に、指先を伸ばす。
「うん?」
小首を傾げて、覗きこんでくる目に浮かぶのは、愛しげな色。
「も…ぃい…」
掠れた声で、告げながら。
ゆっくりと、身を起こす。
途端、自ら指を引き抜く形となり、急な刺激に、小さく、呻いた。
「兄さん…?」
そっと、一太郎の薄い肩を押してその細すぎる身体を、敷き布の上、倒す。
怪訝そうな声に、向けるのは微笑。
何か言いかける唇を、そっと、己のそれで、塞ぐ。
触れるだけのそれは、ただ愛しさを、呼び込んだ。
「だいすき」
零れるように告げた言葉に、一太郎が一瞬、目を見開いた後。
ひどく嬉しそうに、笑った。
その身体を跨ぐ様に、両脇に膝を突く。
意図を察したのか、気遣う様に見上げてくる一太郎に、ゆるく、首を振って、微笑う。
本当はひどく、気恥ずかしいのだけれど。
現に、やたらと、頬が熱い。
それでも、一太郎が愛おしいから。
「ん…っ」
そっと、一太郎自身に手を添えて。
己の後孔へと、宛がう。
たった、それだけのことなのに。
ひくり、内側が切なげにひくつくのが、自分で分かった。
「………ぁっ?」
ゆっくりと、腰を沈めようとしても、ぬるりと、先端が滑ってしまい上手くいかない。
刺激を求め、ひくつく内壁。
激しい羞恥に、どうしようもなく、視界が滲む。
「大丈夫…?」
気遣うような視線に、困った様に微笑いながら、頷いて。
一度大きく、息を吐く。
それはひどく、震えていた。
ぐっと、膝に力を入れて。
下肢だけで、己の身体を支えると、傍についていた左手で、自ら、少し、後孔を拡げる。
ぎゅっと、固く目を閉じれば、羞恥に上気した目元を、涙が零れた。
「ん…っあ…っ」
ゆっくりともう一度。
腰を沈めれば、待ち望んだ刺激に、内壁が収斂する。
背筋を駆ける快楽に、思わず、動きが止まってしまう。
「く…ぅ、んっ」
一太郎からも、切なげな吐息が、漏れる。
このままでは、どちらも辛い。
もう一度、大きく息を吐いて。
「ひ…ぁ…深、ぃ…」
一息に腰を沈めれば、いつもよりも深く、己の内に、届く。
いつにない圧迫感に、何度も細かく、息を吐く。
両側についた手が、震えた。
「兄、さん…」
顔を上げれば、視線が絡む。
思わず、口付ければ、内壁が擦れ、小さく、悲鳴を上げた。
「ん…ぁ……」
いつの間にか、圧迫感は消えていて。
覚えるのは、快楽。
そろりと、腰を動かせば、走る刺激に、きつ過ぎるそれに、すぐに、動きが止まる。
「ふ、ぅ…ぅ…」
一瞬、生まれた快楽を、追い求める様に内壁がきつく収斂する。
もっと、と思うのに。
己が動かなければ、一太郎も辛いのに。
少し動けば、また、きつい快楽に、動きが止まる。
焦らされる内壁は、一層、敏感になっていく。
どうすれば良いのか、己でも、分からなくなってきて。
快楽と、己で焦らしてしまう辛さに思考が惑乱する。
「………っ」
快楽で、声も出なくて。
泣き濡れた視線だけで、一太郎に縋りつく。
「兄、さん…」
一太郎自身、常にない締め付けに、焦らされるこの状況は、ひどく辛い。
宥めるように、背を撫でながら。
そっと、退くよう、促す。
「………っ」
一瞬、躊躇うような仕草を見せたけれど。
結局、どうしていいか分からない状況に、松之助はゆっくりと、己の内から、一太郎自身を、引き抜いた。
「うぁ…っ」
急に、刺激を失った内壁が、激しく収斂する。
思わず、敷き布に座り込んでしまった。
「兄さん」
呼ばれた、けれど。
気恥ずかしくて、情けなくて。
顔が、上げられない。
きゅっと、敷き布を握る手指に、力が篭った。
「ごめんね」
降って来たのは、予想もしない言葉。
顔を上げれば、ぶつかるのは苦笑する瞳。
「上手く、できなくて」
その言葉に、ふるふると首を左右に打ち振る。
上手く、できなかったのは。
「あ、たしが…ごめ…」
羞恥に、声が震える。
固く、瞼を閉ざせば、ぼろり、上気した頬を、涙が伝う。
一太郎の舌先が、ひどく優しい仕草で、それを拭った。
「でも、可愛かった。…すっごく」
「え…?」
思わず、目を開ければ、笑い顔が、そこにあって。
呆けた様に、己を見つめる松之助の頬に、掠める様に、一太郎が口付けを落とした。
「自分から、してくれる兄さん、すごく可愛くて、嬉しかったよ」
啄ばむ様な口付けを何度も落としながら。
さりげなく、松之助の肩を押して、その身体を、柔らかな布団の上、倒す。
瞳を覗き込めば、思い出したかのように、目元に朱が走る。
「わ、忘れて…っ忘れとくれっ」
ひどく、慌てた仕草で、今更、一太郎の目を覆う松之助に、一太郎が声を立てて笑う。
その、真っ赤に染まった耳に、軽く、歯を立てながら。
「いやだよ。…本当に嬉しかったんだもの」
囁き落とされた言葉に、松之助の身体が、強張った。
敷き布の上、投げ出された手を、取って。
一太郎はきゅっと、己の手指を絡ませる。
「いい?」
さりげなく、開かせた両の足の間。
松之助の後孔に、己自身を宛がって。
伺うように覗き込めば、こくんと、小さく頷いてくれる。
その腕が、首筋に絡む。
ぐっと、引き寄せられて、耳元、落とされたのは小さな囁き。
「一太郎が、欲しい、から…」
肩口に顔を埋めてしまうから、顔を見ることは出来ないけれど。
吐息は、微かに震えていた。
「―――っ」
「ん…ぁあ…っ」
堪えきれず、一息に突き入れれば、松之助の背が、弓なりに反る。
力の篭った指先が、意味も無く敷き布を掻いた。
「んぁ…あ……っ」
お互い、待ち望んだ刺激に、背筋を快楽が走る。
激しい律動に、堪えることができぬ声が、松之助の唇から、零れ落ちた。
「にい、さ…ぁ…っ」
ひどく掠れた声で、己の名を呼ぶ一太郎を掻き抱く。
突き上げられ、擦りあげられて。
きつい快楽に、一太郎の背中、爪を立てそうになり、慌てて、手指を握りこんだ。
ぎり、と、微かな痛みが、掌に走る。
「い、ちたろ…いち…」
重ねたのは、唇。
絡める舌に、掻き消される嬌声。
「――――っ」
自身に、指を這わされ、擦りあげられて。
敏感な鈴口を、指の腹で嬲られる。
その、きつ過ぎる刺激に、散々に焦らされた松之助は、堪えきれず、精を吐く。
「―――っぅ…っ」
殆ど同時。
己の最奥、放たれる熱に、一太郎も達したのを、知る。
快楽の余韻に、倒れこんでくるのを抱きとめながら。
松之助はそっと、一太郎の髪を、梳いてやる。
絡めたままの手指に、きゅっと、力が篭った。
「一太郎?」
どうしたのかと、覗き込めば、ぶつかるのはひどく愛しげな色を浮かべた瞳。
唐突に、随分可愛らしい音を立てて、口付けられた。
「だいすき」
告げられた言葉に、松之助が、はにかむ様に、笑う。
「だいすき」
今度は松之助から、音を立てて、口付ける。
それは、とても甘い響きを持っていて。
二人、交わす笑みに、広がるのは幸福の色。
誰よりも何よりも、愛しい存在を互いの腕に抱いて。
二人は同じ色の夢へと、落ちていった。