今朝方、「そろそろ必要だろう」と、藤吉が置いていった火鉢が、温かな音を立てて、炭を爆ぜる。
最近、急に冷え込み始めたから、そろそろだろうかと、内心、期待にも似た感情を抱いたのには気付かぬ振り。
おたえが差し出してくれた菓子を受け取り、頬張る。
口の中に広がる、品のよい甘み。
―ああやっぱり、最近出来た菓子屋の腕は確かみたいだねぇ―
外では随分、貧相になった木々の間を、これまた随分寒そうな音をたてて風が通り抜ける。
けれど、火鉢に温められたこの部屋は暖かい。
それでも、無人の隣室が襖越しの背中にある隅の方は、やはり、寒い。
ぴったりと閉じあわされた襖の、その隙間を縫って入り込んでくるひんやりとした冷気が、首筋でも撫でたか、背中で屏風のぞきが僅か、身を震わせる気配がした。
途端、ふわりと、身体が自分より少し低い体温に包まれる。
両の脇の下から差し込まれた屏風のぞきの、白い掌が、ちょうど心の臓の上で組まれた。
その心の臓が奇妙に早く、脈打つのを気付かないのか。
―まぁ、別に気付いてもらう必要も無いけれど…―
内心、一人呟いて、けれどその感情の片鱗も見せずに、わざと、少し呆れたような声で、己を抱き込む屏風のぞきを見上げた。
その動きに合わせ、守狐の柔らかな毛並みが、屏風のぞきの、白く細い喉元を撫でる。
「お前さんも火鉢の近くに寄ったらいいだろうに」
びくりと、無意識だろう、小さく身じろぎながら、屏風のぞきが不満げに唇を尖らせた。
「だってあたしゃ火が駄目なんだから仕方ないだろう」
「煙草は飲むくせに」
揶揄するように笑えば、また、擽る毛並みがこそばゆいのか、屏風のぞきが僅かに眉根を寄せる。
毎年、冬になると火鉢に近づけない屏風のぞきは、寒いからと狐達をその膝に抱きこむ。
ふかりとした毛皮が、温かいのだろう。
それは特に特定の誰かと言う訳ではなかったけれど。
他の狐が、その白い手に抱かれて、たまに喉元なんぞを撫でてもらって嬉しそうな顔面を下げているのが気に食わなくて。
冬の日が近づけば、さりげなく、屏風のぞきの傍に居座るようになった。
「嫌かい?」
ほんの僅か、不安げな色を滲ませて覗き込んできたから、その形の良い鼻の先をべろり、舐めてやる。
一瞬、くすぐったそうに両の目を瞑った屏風のぞきに、向けるのは笑い顔。
「いんや。…私もあったかいから良いさね」
言いながら、背中に、全体重を預ける。
触れ合う箇所は、確かに温かくて。
屏風のぞきは知らないけれど、それは守狐にとって、ひどく愛しいもので。
自分達より少しはなれた火鉢の傍、他の狐が何事か言い、おたえがそれに、ころころと笑う。
鈴のような笑い声が、離れに満ちた。
笑うおたえと、不意に目が合い、何気なく笑みを返す。
「なら、良いじゃないか」
己の、耳と耳の間、柔らかに短い毛並みに顔を埋めるように呟かれ、どくりと、また奇妙に、心の臓が脈打つ。
しっかりと抱えなおしてくれる屏風のぞきの、その細く白い腕に抱かれながら、もう暫くはここは誰にも譲れぬと、守狐は一人、笑いを零した―。