練習が終わった後の、暗い帰り道。
 土砂降りの雨は、絶えることなく傘を叩く。
 とても、五月蝿い。

「タツボン?」

 暗闇に、溶けるように、だけど鮮やかに、それは咲いていた。

「何?自分紫陽花好きなん?」

 雨音越しの、シゲの声。
 言葉にはしないけれど、声音には、急かすような色が滲むから。
 ワザと、無視してやった。

「お前に似てるな」
「え?」

 滴り落ちる水の向こう。
 シゲが怪訝そうに眉をしかめるのが、 見なくても分かる。
 雨が、寒い、な。

「ころころ色変えて」

 目の前、紫陽花は、藍色から赤紫まで。
 鮮やかに色を変えて咲き誇る。
 暗闇でも尚、はっきりと鮮やかに。

「そっくりじゃん。本当の色なんか分かりゃしねぇ」

 ピンっと、指先で蒼を弾く。
 傘から出た途端、痛いくらいの雨が、腕を叩いた。

「誰にでも良い顔して」

 隣のシゲは、何も言わない。
 雨音だけが、耳に響く。

「なぁ、紫陽花の花言葉、知ってる?」

 問い掛けて数秒。
 小さく、シゲが吐き出したのは否定の言葉。

「浮気者」

 初めて、向き直ったシゲの顔は、雨のせいか、なんだか少し、歪んで見えた。
 そんなシゲを、一人残して、歩き出す。
 ぐちゃりと、スニーカーが潰れた音を、立てた。
 足に纏わりつく制服のズボンが気持ち悪い。
 ここまで濡れたら、もう傘なんていらないのかもしれない。
 振り返ったら、あんまりにも情けない顔でシゲが立ち尽くしてたから。

「でも俺、紫陽花って好きだけどな」

 暗闇の中、鮮やかに。
 絶え間なく降り注ぐ、痛いほどの雨の中でも美しく。
 咲き誇る紫陽花の横で。
 シゲが泣きそうな顔で、笑った。

「誰にでも良い顔すんな」

 言っても無駄だけど。

「うん」

 出来もしない、する気もない癖に頷くな。

「離れんな」
「うん。…ずっと、居らしてや」

 シゲの手が、腕を掴む。
 その手の温かさに、自分の冷えた体温を知った。

「ずっと、ここに居るよ」

 嘘吐き。
 うんと遠くへ、行く癖に。
 コイツはいつだって、俺が一番望んでる嘘を吐くんだ。
 それがどんなに残酷な事かも知らずに。
 それでも。

「うん」

 抱きしめてくる肩に、顔を埋めてしまうのは、嘘に飲まれてしまいたいから。
 一つになった雨音は、いつまでも耳の奥底にこびりついて消えなかった。


 土砂降りの雨の中。
 凍えそうな温度の中で、誰より美しく咲く紫陽花が、俺は何より嫌いで誰より好きなんだ。