「うっざ…」

  呟かれた言葉に、読んでいた雑誌から顔を上げると、うっとうしそうに、ケータイを睨みつけるシゲ。

「何?」
「アド変。…一周年記念で変えましたってさ」

  カチカチと、無機質な音が響く。
  けれど、すぐにベッドの上に放り出されたそれに、登録変更が行われていないのは容易に知れた。

「しとけよ。後で分からなくなるぞ」
「保護ったから平気ー」

  退屈になったのか。
  だらだらと纏わりついてくる金髪の顎を、掌底で押しやることで、追い払う。

「うざい」
「竜也君酷…っだ…っ」

  気色の悪い声で叫ばれる非難の声を、更に掌底を押し上げることで、阻む。
  ようやく諦めたのか、何事がぶつぶつと呟きながら、シゲはごろり、ベッドに横になる。
  並んで、ベッドに座っていた水野にとっては、邪魔なことこの上ない。
 
「お前なぁ…」
「記念日とかどう思う?」

  蹴落としてやろうかと、シゲの脇腹にあてがい掛けた足先が、唐突に投げられた問いに、止まる。
 何月何日に付き合い始めたから、毎月何日は何ヶ月記念日。
 一々それを祝う、同級生の友人達。
 常日頃、周囲で繰り広げられるその光景を、思い出しす。

「興味無い」
「うん。わかる」

  こくんと頷くシゲが、ついさっき投げ出したケータイを、ぱたん、ぱたんと開閉を繰り返しながら、弄ぶ。

「こうやって一々他人に知らせるんとか意味分からんもん」
「まぁ、な」
 
  確かにそんなごく個人的な事を、こんな形で他人に押し付けるのは、どうかと思う。
  ふわり、開け放った窓から吹き込む風が、手の中の雑誌を、捲ろうとする。
  一瞬、見知らぬシャンプーの匂いが、鼻孔を掠めた。

「でもさぁ」

  ごろり、シゲが寝返りを打つ。
  すぐ足元から見上げてくる目が、不意に笑った。

「自分らだけの日って、良くない?」

  シゲの目が、悪戯っぽく、笑う。
  何故だか分からないけれど、とくり、胸が騒いだ。

「何?お前そんなの気にすんのかよ?」

  それを、見透かされたくなかったから。
  わざと、揶揄するように、笑ってみる。 

「うーん…前まではアホ臭い思てたけどなぁ…」

  のそり、金髪が起き上がる。
  ふわり、また、見知らぬシャンプーの匂いが、鼻孔を掠めた。
 
「今はちょっと…えぇかなぁとか思ってる」

  その中に微かに混じる、煙草の匂い。
  シゲの、匂い。

「タツボン」

  至近距離から、覗き込まれて、近すぎる距離に、思わず、仰け反りかけて、こつん、後頭部が壁にぶつかった。
 
「何…」
「今日がその記念日って、知っとった?」
 
  問い掛けの意味を、理解する間も無く。
  ふわり、見知らぬシャンプーの匂いが、鼻孔を掠める。
  その中に混じる、煙草の匂い。
  唇に触れた、シゲの唇。
  一瞬のそれに、思わず、固まってしまう。
 
「自分らだけの日って、良くない?」

  繰り返された問い掛けに。
 ひどく下らないと思うのに。
 とくり、とくり。
 誤魔化しきれない程、胸は騒ぐ。
  こくんと、小さく頷く水野の耳は、赤かった。
 
  別に、だからどうと言うことは無いけれど。
  いつもと変わらぬ、日なのだけれど。
  小さな小さな特別が、なんだか少し、嬉しかった。