心地よい感覚に、ふ、と目が覚める。
  目を開けると、微笑を浮かべる瞳と、目があった。

「誕生日おめでとう」

 それは、今日が始まったその瞬間から、幾度となく囁かれた言葉。
 シゲの部屋の、この狭いベッドの上で。

「…何回目だよ…」

  呆れたような言葉とは裏腹に、口元に浮かぶのは柔らかな笑み。
  朝の光が、少し眩しい。
  顔を顰めると、不意にシゲが毛布を引き上げ、視界が暖かな薄闇に覆われる。

「起きないのか?」

 絡んでくる腕に、微かに笑みを零しながら問い掛ければ、肩口にシゲが顔を埋めてくる。
 首筋を擽る傷んだ金髪に、僅か、身を竦ませた。

「うぅん?…タツボンがしたいように」
 
  なんて、言うくせに。
  起き出す気配は欠片もない。
  けれど水野も、素肌に触れる、シゲの体温が心地良いと思っているのは事実。
  今日は久しぶりに、二人の休日が重なった日だから。
 『タツボンが来たらずっとくっつけるし、ダブル買ったら一人ん時寂しい』
 なんて宣って。
 態と、買い換えないこの狭いベッドの上。
 もう少し、シゲの体温を感じていたい。

「…じゃあ…もう少しこのままが良い」
「わかった」
 
  言いながら、抱きすくめてくる腕が愛おしい。
  柔らかに優しい薄闇の中、感じるのは互いの体温。

「なぁタツボン…」
「うん?」

  耳元、囁き落とされる声に、身を竦ませる。
  きゅっと、シゲの首筋に回す腕に、力が籠もる。

「ずっと一緒におってくれる?」

  シゲの手指が、自分のそれに、絡む。
  かつり。
 つい数時間前、互いに交換した、リングが、ぶつかり合う。
  シゲの指に在った時は、人差し指に嵌められていたのに。
  自分の指に嵌められたそれは、中指に収まったのが、少し、悔しかった。
  揃いでも何でもない、ただのリングだけれど。

「これ、そう言う意味で交換したんじゃねぇの?」

  ゆるく、微笑して。
  絡めたままの手指を、掲げてみせる。

「うん」

  シゲが、ひどく嬉しそうに、笑った。

「なぁシゲ」
「なん?」
 
  ひどく優しい仕草で、髪を透いてくる手が、心地良い。
  絡めた手指に、きゅっと、力を込める。

「…俺、お前に逢えてすげぇ嬉しい」
「………うん。俺も、タツボンに逢えてめっちゃ嬉しい」

  一瞬、驚いた様に目を見開いた後。
  そういって笑うシゲの眼に映り込むのは、愛しげな色。
  きっと、今の自分も、同じ色の目をしているんだろうと、ぼんやりと思う。

「真里子さんとおっさんに、心からありがとうやわ」

  産んでくれて育ててくれて。
  だから、出逢えた。

「…そう、だな」

  頷けば、絡む視線は、笑みへと変わる。
  どちらともなく、交わす口付けは、すぐに、深いそれに変わった。
  肌を這う指に、喉が震える。

「また…?」

  日付が変わったその瞬間から。
  幾度も、肌を重ねたのに。
  それでも、拒絶の色は、滲まない。

「…いや…?」

  伺う様に覗き込んでくるシゲに、自分から口付ける。
  絡めたままの手指に、かつり、リングが小さく音を立てた。

「誰がそんなこと言った?」

  形の良い唇に、浮かぶのは不遜げな、笑み。
 それはひどく、扇情的な色を孕んでいることを、水野は知らない。気付かない。

「なぁタツボン…」
「う、ん…?」

  応える声が、掠れる。
  ゆっくりと熱が、這い上がってくる。
  身を包むのは、柔らかな薄闇と、愛しい体温。
  耳元、囁き落とされたのは、

「誕生日おめでとう」

  何度目がわからない。
  幸福の音。