「フツー待ち伏せまでして渡すか?」
げんなりと呟けば、渋沢が隣で苦笑を漏らす。
その手に持たれた紙袋は、三上のそれよりも、少し大きい。
「言い方悪いぞ」
苦笑交じりに、窘められて。
じゃあそれ以外、なんと言うんだと、聞きたかったけれど、一層咎められそうなのでやめた。
がさりと、ついさっき手渡された、可愛らしいラッピングの施された小箱を、紙袋に放り込む。
サッカー部の練習が終わった今、とっくに日は暮れていて。
吐く息も、白い。
それでも、たかだかチョコレート一つ渡すために、待っているというのだから、暇な女だと三上は思う。
毎年、今日と言う日は大量に貰うけれど。
毎年、処分に困っているといえば、少しは数が減るだろうか。
「藤代にでもやれば良いだろ」
「エースを太らせる気かよ」
藤代が貰う量は、自分達の比ではない。
毎年毎年、売れるんじゃあないかと言うほどの紙袋を抱えているのを、三上も渋沢も知っていた。
「その分練習させれば良い話だろ」
のんびりと、事も無げに吐き出された言葉に、隣の男が、武蔵森のキャプテンだったことを、思い出す。
もしかしたら、恐ろしい個人メニューを組まれるかもしれないエースに、三上はほんの少し、同情した。
「あ、寮戻る前にコンビによって良いか?」
「あぁ」
こうも甘いものばかり並べられると、いっそ違うものが食べたくなる。
貧相な光を投げかける街灯の下、並んで歩きながら、ふと、荷物を置いてくればよかったと、後悔した。
かじかんだ手に、いつもより余分に持たなければならない、紙袋が重い。
うんざりと吐いた溜息は、白く、薄闇に消えた。
やる気の無い、店員の声が、響く。
入り口のすぐ傍に設けられた、赤やピンクのハートに彩られたコーナーが、煩い。
適当に買い込みながらふと、渋沢の姿が見えないのに、気付く。
軽く、店内を見回せば、長身は隅の和菓子コーナーに立っていて。
「帰るぞ」
「あ、うん」
頷いたけれど。
その手には、何も持たれてはいなくて。
ちらり、視線を和菓子コーナーにやれば、そこに彼の好物は無かった。
「………」
会計を済ませ、店員のだるそうな声を背中に、店を出る。
身を切るように詰めたい風が、頬を撫でた。
無意識に、マフラーを巻きなおして。
足早に、歩き出すのは、寮とは反対方向。
「三上?」
怪訝そうな声に、一瞬、どう応えようか、迷う。
「買い忘れがあった」
我ながら、下手な嘘だと思う。
「なら、戻ったほうが…」
突っ込まれ、正にその通りだと思う。
「いや…今の店には無かったんだ」
訝しむような視線が、背中に痛い。
それでも、それ以上は何も言わず、付いて来てくれた渋沢に、三上は小さく、安堵の吐息を漏らした。
そんなことを、何度か繰り返して。
三軒目の店でやっと、目当てのものを見つけることが出来た。
「ほら」
がさり、差し出すのはたった今、買い物を済ませたばかりのコンビニの袋。
手は、もうすっかり感覚が無くなっていて。
驚いたように、目を見開く渋沢の鼻先も、赤くなっていた。
「これを…探してくれてたのか?」
「…チョコよりそっちのが良いだろ」
ぼそり、呟けば、渋沢が、驚いたように目を見開いて見つめてくるから。
気恥ずかしくなって、視線を逸らす。
「今日…そういう日だし」
低く、呟いた声は、白い吐息となって、薄闇に消える。
「こういうの…嫌いなんだと思ってたな」
漏らされた言葉に、かっと、頬が熱くなる。
確かに、こんなイベント、下らないとは思うけれど。
「お前だからだなぁ…っ」
怒鳴りかけて、その言葉のほうが、恥ずかしいと気付いて、押し黙る。
もう、耳まで熱い。
「もう良い。…帰るぞ」
くるり、踵を返して。
足早に歩き出そうとした腕を、不意に、掴まれた。
「三上」
「何だよ」
まだ、何かあるのかと振り返り、一瞬、言葉を失う。
「ありがとう」
そう言って向けられた笑顔は、ひどく嬉しそうなそれだったから。
とくり、胸が脈打つほどに。
「嬉しいよ」
ほんの少し、照れたように笑いながら。
さりげなく、指先を絡められて。
渋沢からのそれは、ひどく珍しいから。
また、胸が鳴った。
「あ、あぁ…」
今が夜で、ここは街灯が少なくて、本当に良かったと、三上は思う。
でなければ、きっと、己の、赤くなった頬が分かってしまうから。
人気の無い裏路地。
アスファルトに広がる染みのように、長く伸びる二人の影を踏みながら、歩く。
繋いだままの手は、いつの間にか、同じ体温になっていて。
視線をやれば、渋沢が、ひどく嬉しそうに微笑う。
つられ、三上の口の端にも、笑みが浮かんだ。
お互い、身体はひどく冷えてしまったけれど。
たかが、豆大福一つ。
それも、コンビニに売っているような。
色気も可愛げも無い、それだけれど。
それでも、こんな風に笑ってくれるなら、今日と言う日も、悪くないかもしれないと、三上は思った―。