健気だな。
 ふと、そう思った。
 サッカー部の練習が終わり、各々が家路に着き始めた頃。
 太陽はとっくに沈み、気温だって昼間のそれに比べ、鬼のように冷えている。
 それでも。

「水野君…これ…」

 微かに、頬を染めて。
 終業からずっと、校門前で待っていたのだろう、スカートから覗く膝が真っ赤になっている。

「あ…」
「いいの、貰ってくれたら、それで良いの」
「…ありがとう」

 強引に、水野の手に残ったのは、愛らしくラッピングされた、綺麗な小箱。
 中身なんて想像しなくても分かる。
 それが、今日と言う日だから。

「相変わらずモテはりますなー」

 揶揄するように笑えば、不機嫌そうに睨まれた。
 顔も良く覚えていない、健気な少女はもう、見えなくなっていた。

「お前だって人の事言えないくせに」
「俺タツボンよりモテるもん」

 現に、手にした紙袋は、水野のそれより、大きく膨らんでいた。
 水野が、呆れたような溜息を吐く。
 その白い吐息が、闇に溶ける。

「凄い自己満足で無意味なイベントやんな」
「…そこまでは思わないけど…」

 二人、並んで歩きながら、帰路に着く。
 色とりどりの小箱が、かじかんだ手に、重い。
 
「やってそうやん?受け取ってくれるだけでええからとか、返事なんかいらんとか。押し付けられるこっちの身にも…」
「シゲ」

 咎める様に、名前を呼ばれ、口を閉ざす。
 軽く睨まれ、苦笑を零した。

「俺なんか間違ってます?」
「そうかもしれない。…けど」

 「そういう言い方は良くない」
 続いた、予想通りの言葉に、水野らしいと、笑みを零す。
 
「タツボン、今日寄ってきぃな」
「え?…良いけど」
「ほな決まり」

 笑い、さりげなく、指先を絡ませて。
 伺い見れば、一瞬、戸惑うような表情をされたけれど、結局、拒まれることは無かった。
 冷え切った指先は、どちらも赤い。
 貧相な光を投げかける街灯の薄闇の中、水野の手を引くように、歩き出す。
 がさりと、歩くたびに、二人の手に持たれた、紙袋が音を立てた。




「さぁっむっタツボン、炬燵点けてや」
「ん」

 無人だった部屋は、外よりはましだけれど、ひんやりと寒い。
 隙間風が、首筋を撫でる。
 
「ちょぉ待ってな」
「何?」

 先に炬燵にもぐりこんだ水野が、小首を傾げるのには構わずに。
 共同の台所へと、向かう。
 時間が早いからか、無人のそこは、やはり、寒い。
 
「確か此処に…」

 何処の誰が買ったのかは知らないけれど。
 覗きこんだ戸棚の中、それは、記憶通りの位置にあった。
 賞味期限は、一応、確認して。
 牛乳を沸かして、待つこと数分。
 出来上がった、ふんわりと温かな湯気を立てるそれに、知らず、笑みが零れた。





「はい。お待ちどぉさん」

 部屋はもう、すっかりと温まっていて。

「…ココア?」

 ことり、置かれたカップに、炬燵の天板が一瞬、曇る。
 ふんわりと、鼻腔を擽る、甘い匂い。
 微かに目を見開く水野に、向けるのは照れ笑い。
 視線で、部屋の隅に置かれた紙袋を、示す。

「アレと原料は変わらんやろ」
「…無意味だって言ったくせに」

 口調は、呆れたようなそれだけれど。
 その目元が、微かに赤くなっているのを、シゲは見逃さなかった。

「それは、片思いの場合」

 言いながら、己の指先を、水野のそれに、絡ませる。
 今度は、躊躇い無く絡み返してくれるそれに、きゅうと、力を込めて。

「シゲ?」
「両想いの人からのやったら、嬉しない?」

 シゲの言葉に、水野は僅かに目を見開いて。
 けれど、それは一瞬の事。
 すぐに、カップを口につけることで、視線を逸らされた。
 それでも、もう、耳まで赤くなっていて。

「嬉しい…」

 ぽそり、呟かれた言葉に、思わず、破顔する。
 ひどく嬉しそうに笑うシゲに、水野が一層、照れくさそうに、視線を逸らした。

「ありがとう」
「うん」

 視線は、相変わらず逸らされたままだけれど。
 呟かれた声は、とても小さかったけれど。
 それは確かに、シゲに届いて。
 何より、繋いだ手に、きゅうと、込められた力が、全ての言葉に、代わっていた。
 それがもう、どうしようもなく、愛しくて。
 抱きすくめたら、ココアが零れると、怒られた。
 それでも、繋いだ手は、解かれる事は無くて。

「ホワイトデー、楽しみにしとるな」
「ココア三杯入れてやるよ」
「それはちょっとキツイわぁ…」

 げんなんりとした声を出せば、腕の中、水野が、声を立てて笑う。
 紙袋の中身のような、小奇麗でも、可愛くも無いけれど。
 特別な要素は、何も無いけれど。
 その手の中、揺れる甘い液体は、ふんわりと優しい湯気を立てていて。
 幸福で温かな空気で、二人を包み込んでいた―。