「今日、何かいるか?」

 唐突な質問だったのかもしれない。
 それでも、今日が誕生日だということは、知っていたから(と言うより、朝から大声でそこら中に本人が言いまわっていた)。
 自然な質問でもあるんじゃないかと、思う。

「何?ホンマに何かくれんの?」

 揶揄する様に覗き込んでくるから。
 つい、眉間に皺が寄ってしまう。
 たぶん、今の俺は、不機嫌そうな顔。

「だから、いるのかって訊いてるんじゃねぇか」

 声音に、少し苛立ちが滲む。
 ああだから、こんな態度が取りたい訳じゃないのに。
 揶揄うような、見透かすような、シゲの笑い顔が、ムカつく。

「タツボンには無理やと思うけどなー」
「………もう良い」

 考えて考えて。
 それでも分かんないから訊いたのに。
 そんなに高いモンなのかよ。
 さっさと帰ってしまおうと、踵を返そうとしたら、不意に、左手首を掴まれた。

「何……っ」
「ホンマにくれるん?俺の欲しいもん」

 振り返って睨みつけた顔は、見たことない笑みを、貼り付けていて。
 一瞬、目の前にいるのが、誰か分からず、息を呑む。

「シゲ…?―――っ」

 全く、唐突に。
 部室の壁に身体を押し付けられて、息を詰める。
 背骨が、軋むみたいに痛んだ。
 襟首を引き掴む手に、強引に引き寄せられて。

「――――!」

 何すんだと、睨みつけようとした顔が、随分と近くにあって目を見開く。
 驚いている間に、唇に、何かが触れた。
 近すぎる距離に、熱過ぎる体温。
 それが、何かを理解する間に、シゲが離れて。
 思わず、唇を押さえて、立ち竦む。

「………」

 沈黙。
 部室の、黴臭い匂いが、鼻腔を突く。
 汗が、着替えたばかりのシャツの下を流れた。
 心臓が、うるさい。
 今、何が起こった?
 唐突に、部室内が暗くなって。
 雲が、流れたのかと思う間に、響く雨音。
 一息に、気温が下がり、二人の間を、冷たい風が、流れた。

「ほら、無理やろ?」

 そう言って、襟首をひき掴んでいた手が、力なく離れる。
 揶揄うみたいに、笑っているくせに。
 なんで、そんな泣きそうな目ぇしてるんだよ。

「ほな、俺帰るから」

 そう言って、勝手に背を向けて。
 部室のドアを、開ける。
 雨音が一層強く、耳に届いた。
 空は、ひどく暗い。

「誰が…っ」

 追いかけて、その襟首を、引き掴む。
 僅かに首筋にかかる、傷んだ金髪が、指に絡んだ。
 腕を叩く、痛いほどの雨粒。

「無理なんて言った」

 力任せに、引き倒す。
 雨の中、驚いた様に目を見開くシゲの顔が、声もなく、グランドに倒れこむ。
 部室前の地面はひどく水はけが悪いから。
 ばしゃり、跳ねた泥が、制服を汚す。

「たつ…」

 髪を、頬を、雨粒が伝う。
 驚いた様に見上げる顔を、見下ろせば、俺から零れた雨粒が、まるで涙みたいに、シゲの頬を伝った。

「やるよ。全部」

 背中を叩く、痛いほどの雨粒。
 体温は、急速に奪われているのに。
 重ねた唇は、あまりにも熱かった。