白いな。

 ガタタンガタタンと、一定のリズムを刻みながら走る電車の、通路を挟んだ向かいの席に座った女子大生風のお姉さんを見て、そう思った。
 文庫本を持つ細い指だとか、重ねたキャミソールの下から見える胸元に透ける青白い血管だとか。
 透明感ってこういうことを言うんだろうかと、テレビのCMを思い出しながらぼんやり思う。
 ふんわりしたスカートから覗くほっそりした足の横に立てかけられた真っ黒なレースの日傘が、彼女がこの肌の白さを維持している努力の象徴のように思えて、途端に、透明感のある肌がどこか不自然な、作り物めいて見えた。
 そう言えば、同じぐらい、いやもっと、純粋に白い肌を自分は知っていたことを思い出す。
 そいつは男で、それも自分と同じサッカー少年だから、当然日に当たる部分は、健康的な肌の色をしていたけれど、それでも尚、他のチームメイトたちの褐色を帯びた肌に比べれば、白かった。
 ユニフォームのシャツに隠れた腹部だとか、腿の付け根の白さは、本当に、思わず触れたくなるほどで、どこまでも透明な瑞々しさを秘めていた。
 透ける血管を辿って、歯を立ててみたいと思わせるのに十分な魅力を持っているということに、本人は多分気づいちゃいない。
 目の前のお姉さんの様な弱々しい儚さや、作り物めいた不自然さは無く、彼にあるのは、しなやかな強さと、かすかな不安定さを秘めた、純粋な美しさだけだ。
 ガタタンガタタン。電車が揺れる。
 徐々に失速していると思ったら、アナウンスが駅への到着を告げて、ガタンと一度大きく揺れた後、電車は止まった。
 パタン。
 文庫本を閉じたお姉さんは立ち上がって、膝に掛けていたカーディガンを羽織る。
 開いたドアから入り込む外気は、噎せる程の熱をはらんでいるというのに。
 パチンと日傘を広げて降りていく細い背を眺めながら、やっぱりあの肌は作り物なのかしらとぼんやりと思う。
 だって。

「水野の方が白いよね」

 隣で先程から文庫本を熟読していた水野に声を掛けたら、唐突だったのだろうか、「は?」と間が抜けた声を出された。
 その首筋はやはり、白い。
 半端丈のパンツから覗く、未だ少し骨身がちな、成長期のスポーツ少年特有の均整のとれた、形の良い脹脛から続く引き締まった足首の先、普段はソックスとスニーカーに守られている、サンダルを履いた足の甲には、肌理の細かい肌の下、幾筋かの青白い血管が浮いていて、ああ足の形も綺麗なんだなと思うと、口付けしてやりたい衝動に駆られた。

「色。白いよね」

 分かりやすく繰り返せば、少し不快そうに眉を顰められる。

「郭だって白いだろ」

 言われ、そう言われればそうかもしれないと、自分の手首の内側に視線を降ろす。
 結人たちとお揃いのミサンガの下、青白い血管が幾筋か見えた。
 だけど。

「水野の方が白いよ」

 ぐいっ、と。
 比較的襟刳りの大きく開いたTシャツの首もとに指を掛けて、引き下ろす。
 胸元と呼べるところの近くまで露わになった肌は、やはり、うっすらと青白い血管が透けていて、どこまでも透明な瑞々しさを持っていた。

「ほら。ね?」

 確かめるように水野の眼を覗き込めば、驚いたように目を見開いたまま固まっていて驚いた。

「水野?」

 どうかしたかと小首を傾げれば、はっとしたように我に返った水野に、手を振り払われる。
 Tシャツの襟首を握り締めながら、少し怒ったように「もう良いから」と言われた。
 その、やっぱり白い目元が赤くなっていて、ああ綺麗だなとぼんやりと思う。

「ねぇ水野」
「何」

 答える声には少し棘が滲んでいる。
 何をそんなに怒ってるんだろうか。

「食べちゃいたいくらい好きだよ」

 ガタタンガタタンと、一定のリズムを刻みながら走る電車の窓を眺めながら零せば、水野が息をのむ気配がしたから、視線をやれば、本当に面白いくらい真っ赤になっていて、あぁ可愛いなと思ったら笑みが零れた。

「…………レクター博士みたいな事言うなよ」

 溜め息混じりに、ホラー映画の中の人物と比較され、少しムッとする。

「本当に食べたりなんかしないよ。逢えなくなるじゃないか」

 真顔で言い返せば、また、水野の顔が赤くなる。

「言ってろ馬鹿」

 そう言ったきり、水野はまた文庫本に視線を落とす。
 だけど。ねぇ知ってる?
 栗色の髪から覗く、形の良い白い耳が、真っ赤になってるのが、隣に座ってる俺からは丸見えな事を。
 あぁ可愛いな。
 その耳を思い切り噛んでやりたいと、流れていく景色を眺めながら、ぼんやりと思った。