白い吐息が、闇に消える。
貧相な光を投げかける蛍光灯の下、ガチャリと、無機質な音が響く。
「寄ってかん?」
何気なく、誘うのはいつものこと。
「ん」
学生服の右ポケット、部室の鍵を落とし込みながら、水野が、口元まで覆うように巻いたマフラーの下、小さく頷くのも、いつものこと。
シゲの鞄が軽いのは、いつものことだけれど。
終業式のみの今日は、水野の鞄も、軽い。
二人、並んで辿る家路は、寒くて暗い。
「コンビニ。寄ってえぇ?」
「うん」
売れ残りの、今日と言う日の象徴とも言える、ケーキの店頭販売の売り子の声は、素通りして。
意識しているなんて、素振りも見せないのは、お互い様。
自動ドアを潜れば、店員の間延びした声と共に出迎えてくれる暖房に、知らず、詰めていた息を吐き出していた。
それでも、水野の視線が、一瞬、入り口近くの棚に置かれた、長靴を象った菓子の詰め合わせに流れたのを見て、思わず零す、一人笑い。
クリスマス限定ケーキには、一瞬、視線を遣るだけで。
籠に放り込んだのはレアチーズケーキ。
「おごり?」
「今日だけな」
冗談めかして言えば、水野が笑う。
つられ、シゲも笑った。
藤代が勧めてくれたスナック菓子も放り込んで。
最後に、やっぱり、シャンメリーには視線だけを投げて、コーラを放り込んで、レジに並んだ。
古い木造の寮は、寒い。
食べにくいと、文句を言いながら、それでも、寄りかかるシゲを、水野は拒まなくて。
さっぱりとした甘さの、コンビニのものにしては上々の出来の、レアチーズケーキをコーラで流し込んで。
いつの間にか部屋に常備されるようになった、水野の好みの銘柄の紅茶を、水野の好みの淹れ方で、淹れてやる。
ふんわりとした湯気を立てるカップを差し出しながら、
「やるわ」
古びた畳の上。
胡坐を書いた水野の膝に、放り投げたのは、水野が見たいと言っていたDVD。
一瞬、水野の目が、驚いたように、見開かれる。
「これ…」
「まぁ。今日そういう日やしな」
笑い告げれば、一層、色素の薄い両の目は見開かれて。
ぽつり、形の良い唇から、言葉が漏れる。
「こういうの嫌いなんだと思ってた」
「…あんまり興味無いけどな」
見透かされた事実に、返すのは苦笑交じりの肯定。
ほら見ろと、水野が笑った。
「けど、タツボンこういうの好きやろ?」
何気なく、言ったつもりだったけれど。
さっと、水野の目元に、朱が走る。
それは、何よりも、肯定を示していて。
分かりやすいその反応に、知らず、笑みが零れた。
「…あ…ありがとう…」
見透かされた事実に、不服そうに顔を背けながら。
きゅっと、シゲがやったDVDのジャケットを握り締めながら。
それでも、小さく零された言葉に、込み上げてくるのは愛しさで。
そっと、手を伸ばしかけた時。
「あ…」
思い出したように、水野の手が、自分の鞄へと、伸びる。
「やるよ」
ぽんと、胡坐をかいた膝の上、落とされたのは、愛喫の銘柄。
自分でも滅多に買わない、否、買えない、1カートンのそれに、思わず、歓声を上げていた。
「うわぁ、めっちゃ助かるわ!ありがとうっ」
「吸いすぎるなよ」
言葉と、行動は裏腹で。
普段は、煙草を吸う事自体、良い顔をしないくせに。
シゲがいつも吸うのは、ソフトパックで、貰ったそれは、ボックスだったけれど。
そんなことは、どうでも良くて。
そんな水野が、どんな顔でこれを買ったのかとか。
どんな思いで、一日中、学校の鞄の中に入れていたのかとか。
思うだけで、もう、愛しくて。
「ありがとう」
「…分かったから」
ぎゅうと、自分よりも、少し細い身体を後から抱き込めば、うっとうしげな声を出されたけれど。
微かに覗く、耳は赤くて。
その様にまた、笑みが零れる。
「よぉ売ってくれたな」
「うるさい」
揶揄するように笑えば、返って来るのは不機嫌そうな声。
銘柄が書かれた英字の下。
少し掠れた油性マジックで、几帳面な字で書かれた「Merry X'mas」の文字。
簡素なそれは、ひどく、水野らしいと、シゲは思った。
お互い、渡したプレゼントは、ラッピングすらされていない、色気も何も無いものだけれど。
何も、特別なものは無い、今日と言う日だけれど。
特別なものは、何も入らないと、思う。
それが、自分達に一番合っている気がしたから。
「なぁタツボン」
「あぁ?」
相変わらず不機嫌そうな声は無視して、白い首筋に、顔を埋める。
さらりと、、柔らかな髪が、流れた。
ぎゅうと、力を込めるのは、抱きすくめる腕。
吐き出すのは、今一番伝えたい言葉。
「愛してんで」
腕の中、水野の体が、強張るのが分かる。
微かに覗く耳は、さっきのそれよりも更に赤くて。
その全てが、愛しくて仕方ない。
こんな気持ちになれるなら、クリスマスも悪くないと、シゲは思った。