さわさわさわさわ。
薄紅の風が吹く。
はらり、舞う桜の下から、慌ただしい足音。
「師弟!師弟!!……全く何処に消えたのだ」
「さっきお見かけしたんですけどねぇ」
己を探す声に、のんびりと微笑う声。
そのどちらにも、知らずに笑みが浮かぶ。
「あれ、お前さんを探してるんじゃないかい?」
柔い手つきで、真白い毛並みを梳きながら。
問うてくる声に、守狐は瞼の下に隠し込んでいた、黄金色の眼を開く。
市松模様の膝の上。
ごろり、臍を薄紅の空に向けた。
「うん?そうかもしれないねぇ」
「良いのかい?」
「だって今日は花見に来たのだもの」
言いながら、屏風のぞきの頬に、伸ばした前脚が、瞬きする間に人の手に変わる。
二人を乗せた古桜の枝が僅かに軋んで。
ひらり、ふわり。
薄紅の雨を散らす。
「万治郎師兄のお説教より、お前の膝を枕に、桜を眺める方が良い」
なんて宣って。
切れ長の目元を、親指の腹でなぞれば、指の下で薄い皮膚が朱に染まる。
「言ってなよ馬鹿。後で余計に叱られても知らないからね」
言葉とは裏腹に。
人とは違う、真白い髪を梳いてくる手は、ひどく優しい。
「わ……っ!」
不意に、守狐が起き上がって。
途端に、大きく枝がしなったものだから。
屏風のぞきは慌てて、傍らの幹にしがみつく。
ざわり。
古桜は先程よりも、花弁を散らした。
「危な……」
詰る声が、宙に浮く。
細い頤を指先で掬って。
「ん………っ」
重なる、二人の影を。
薄紅色の花群が、隠し込んだ。