深い眠りから心地よいまどろみへと、ゆっくりと意識が浮上する。
 優しい指先が耳の根元を撫でてくるのが心地よくて、無意識のうちにそちらへ擦り寄れば、
くすりと、忍び笑いが降って来た。
「・・・?」
 怪訝に思い、ようやっと瞼を押し上げると、面白そうに眺めている仁吉の顔がそこにあった。
「やっと起きたかい?」
「ん・・・」
 今度は喉元を擽られ、また、心地よさに瞼が下りそうになる。
「本当に気持ちいいみたいだねぇ・・・尻尾の先まで力が抜けてるよ」
 その言葉に、心地良い波に飲み込まれそうになっていた頭に、疑問符が浮かぶ。
『しっぽ・・・?』
 がばりと身を起こすと、夜着の間から確かに見慣れた尻尾が垂れていた。
 思わず、思考が固まってしまう。
 そんな佐助の様子に驚いたように目を見開いていた仁吉が、にやりとその形の良い唇を吊り上げた。
「昨夜は随分体力を消耗したみたいだからねぇ・・・寝ている間に変化が解ける事もあるだろうよ」
 揶揄するような言葉に、佐助の目元にさっと朱が走った。
 ケラケラと笑う仁吉を睥睨して、とっとと人形をとる。
「おや。・・・もうちょっとお前の毛並みを楽しみたかったんだけどねぇ」
「うるさい」
 どんなに低い声で言おうが、仁吉から忍び笑いは消えない。
「・・・・・・」
 そのまま無言で身支度を始めれば、尚も背中に声を掛けて来る。
「いや、本当にお前の耳は触ると気持ちいいんだよ。毛並みがすごく滑らかだからさ」
「・・・・・・」
 佐助が溜息を吐くのが、空気で分かる。
 多分、少し疲れたような、呆れた様な表情を浮かべているんだろうなと、仁吉は思う。
「いいから。・・・さっさと行くぞ」
「はいはい」
 不機嫌さを丸出しにした声に、苦笑して立ち上がり、戸を引くと、
真新しい光がさっと差し込んでくる。
 先を歩く佐助の背中に、次はいっそ人形が取れなくなるぐらいまでに疲労させてやろうかしらと考えて、
それでは若だんなのお世話に支障が出るか、と諦める。
 先ほどの佐助の動揺した顔を思い出し、思わず零れた一人笑いは、
柔らかな朝の空気に溶けて消えていった―。