屋根を打つ雨音が、うるさい。
 空気を満たす湿気に、恨みたいような心地にさせられる。
 
「………ぅっ」

 自身を引き抜かれた途端、後孔から溢れ出た、吐き出されたばかりの白濁を、仁吉の指先が掬い上げ、まだ収斂を繰り返す内壁へと、塗り込めるように差し入れてくる。
 身体中を巡る大妖、白沢の気に、肌が熱い。
 達したばかりで敏感になっているというのに。
 その僅かな刺激にも、反射的に息を詰めれば、押し殺したような忍び笑いが耳にうるさい。
 涙で滲んだ視界の向こう、気に食わない顔を睨み上げれば、内壁を弄る指を増やされ、焦る。

「な、待っ……いい、加減に…っ痛ぅっ」

 さっきまで散々責められたのだ。
 これ以上は辛いと、身を起こしかけた途端、内壁を掻くように爪を立てられ、敏感な箇所に走った、鋭い痛みに悲鳴を上げる。
 じわり、涙が滲む。
 また、降ってくる忍び笑い。
 心底愉しそうなそれに、苛立ちが募る。

「せっかく弱ってるお前さんを助けてやったのに…その言い種は無いだろう?」
「何、が…っ」

 助けてやっただと、続く言葉は、内壁を嬲る指に阻まれ、消える。
 けれど、本気で再び事に及ぶ気は無いのか、簡単に指は引き抜かれた。
 単に、揶揄ったのだ。
 いつも、いつもこうだ。
 悔しさに、涙が零れた。

「こん、な…」
「ん?」

 仁吉の真意が、分からない。
 気を分けるなんて、只の建て前だ。
 本来、精々口移し程度で済むはずなのに。
 幾ら自分のことが気に食わないからといって、夜毎日毎、ここまでするのは酷すぎる。
 何より、そこまで嫌われているのかと思うと、ひどく哀しい自分がいることに、屏風のぞきは気づいてしまった。
 
「なんで、…こん、な…っ」

 堪えようとしても、嗚咽が口唇から漏れる。
 どうしようもなく、声が震えるのを止められない。

「何でって…お前に惚れてるからに決まってるだろ」

 呆れたように降ってきた言葉に、目を見開く。
  溜まった涙が、目尻を零れた。

「………な…に…?」

 意味が、分からない。
  惚れてる?誰が。誰に。

「おや?言わなかったかねぇ」

 余程間抜けな面を晒していたのか、小首を傾げる仁吉に、ようやっと我に返る屏風のぞき。

「聞いてないっ聞いてないよ…!大体、信じられるわけないだろっ」

  人を馬鹿にするのも大概にしやがれと怒鳴れば、仁吉の眼が面白そうに、笑う。

「おやまぁ…じゃああたしはまた片恋かねぇ」

  つ、と白い指先に、耳介をなぞられ、己が、耳まで赤くなっているのに、気づく。
 かっと、全身が熱くなるのを感じた。

「だ、黙りなよ…っそうだ、そうだよ、あんた皮衣様はどうなったんだいっ!」

  千年も想い続けている相手がいる癖に。
 しゃあしゃあと言ってのける様が憎らしい。

「あぁ。そりゃあ一等大事だよ。決まってるだろ」

  当たり前だと、続く言葉に、ほら見たことかと思う。
  ずくり、胸が痛んだのは気のせいだ。
 
「ほら見ろ。やっぱり…」

 言い募る声が、微かに震える。
  仁吉の顔を、まともに見ることが、できない。

「だけど、一等愛しいのはお前だよ」
「――――っ」
 
  弾かれた様に、顔を上げれば、見たことがないくらい、優しい表情で微笑う仁吉と、目があった。
 今度は、一息に首筋まで赤くなるのが、己でわかる。

「そん、な…あ、あたしはあんたがこの世で一等嫌いだよっ」

  こんな様で何を言っても無駄だろうけれど。
  今まで散々振り回された挙げ句、思い通りになるのはあまりにも気に食わないから。
  精一杯の憎まれ口を叩けば、にこにこと、ひどく愉しそうな笑みを浮かべ、抱きすくめてくる腕が、口惜しい。

「あぁ大丈夫だよ。…必ず惚れたと言わせてやるから」
「――――っ」
 
  思わず、全身が総毛立つ程に妖艶な笑みを向けられ、背筋を冷たい汗が、伝う。

「当分は離す気はないからねぇ。そのつもりでいな」
「な、何勝手なこと言ってんだいっ!」

  言いながら、一層力を込めてくる腕から、屏風のぞきは逃れようと身を捩る。
 けれど、告げられた想いは、どうしようもない、嬉しさを、胸に呼び込んで。
 きつくきつく、仁吉の着物を握りしめた手指が、小刻みに震えた。
 抱きすくめてくる腕が、心地良い。
 それでも。

―惚れたなんて、死んでも言ってやるもんか―

  それが精一杯の、意趣返し。
  最も、この性の悪い大妖のことだから。
  とっくに自分のことなど、見抜いているに違いないけれど。

「あんたなんか大嫌いだ」
「はいはい」

 くつくつと、降ってくる忍び笑いも、抱きすくめてくる腕も。
  今はもう、全てが誰より、愛しいと思い始めている己には、悔しいからまだ、気づかぬ振り。
  けれどそれは時間の問題だということには、気づいてはいた―。