最初はいつも、すぐに離れようとした。

「もう少しだけ…」

 それを半ば強引に引き止めて。
 熱が冷めるまで、眠りにつくまで、夜が明けるまでと、引き伸ばして。

「ん…」

 最近になってようやっと、躊躇いなく共に朝を迎えてくれるようになった。
 傍らに潜り込んで来る体温が愛おしくて。
 一人寝のときよりずっと、温かい布団が心地良い。
 互いに抱き合うように、眠りの波を、待つ。
 そっと、一太郎の指に、松之助のそれが絡む。
 眠る時、いつもそれは必ず、松之助の方からで。
 きゅっと、軽く握り返しながら、珍しいなと、いつも思っていた。
 なんとなく、その疑問を口にすれば、薄闇の中、松之助が微かに、照れたような笑みを零す。
 
「…夢じゃないんだなと…」
「夢?」

 不可思議な言葉に、小首を傾げれば、笑みを浮かべたままの唇が、言葉を紡ぐ。

「今、あたしは凄く幸せだよ」
「…うん」

 唐突な言葉に、思わず、照れる。
 そんな一太郎に、松之助は小さく笑みを零して。
  
「全部、夢なんじゃないかと思うくらいに」
「……兄さん?」

 じっと、音を立てて、蝋燭の火が、揺れる。
 その加減か、僅か、松之助の表情が照らされて。
 その瞳に、一瞬よぎる寂しげな色を、映した。

「もう、前のような暮らしには、戻れない」

 言って、きゅっと、絡ませた指に、力が込められる。
 ぽつり、ぽつりと零される言葉が、闇に溶ける。
 一太郎は、ただ黙って、その瞳を見つめ返すしかなくて。

「一太郎がいない世界には、戻れない」
「兄さん…」

 声が、喉に絡みつくような心地がした。
 松之助から溜息が一つ、漏れる。
 その瞳が、どこか遠くを見つめるように、闇を映す。
 
「時々凄く、怖くなるんだよ…。全部夢で、ある日起きたら、自分は前の生活に戻ってるんじゃないかって…」

 言って、松之助が、苦笑する。
 馬鹿げてると、一太郎には笑うことが出来なくて。
 言葉の端々に、今まで松之助の辿ってきた道が、見えるような気がした。

「だから…」
「ずっと、離さないよ」

 それは、ひどくはっきりとした声音で。
 驚いたように見開かれた松之助の瞳が、闇に揺れた。
 握られたより強い力で、握り返す。
 夢などと、もう、思わせない。
 そんな思いを込めて。

「…ありがとう」

 呟いた松之助の声は、僅かに、震えていた―。

 
 緩やかで不変の穏やかさの中、眠りに付く。
 絡めた指は、決して解くことなく―。