僅かに、昼間の暑さの残りを孕んだ、生ぬるい風が、頬を撫でる。
 佐助はうっとうしげに眉根を寄せながら、忙しなく団扇を扇がせた。

「何とかならないかねぇ…」

 それでも、まだ風があるのはありがたい。
 佐助は壁に凭れるように、かえたばかりの簾の傍に、腰を下ろしていた。
 ぱたぱたと、忙しなく扇がれる団扇の風が、仁吉にも、当たる。
 
「湯上がりだから余計だろう」

 言いながら、涼やかな風を送ってやれば、心地いいのか、目を細める佐助。
 暑いからか、珍しく着崩された夜着の狭間から、少し褐色を帯びた肌が、覗く。
 湯上りのそれは上気し、艶めいて。
 肌に纏わりつく感触すら嫌なのか、佐助が裾を払うように膝を立てる。
 途端、太腿まで露になるその膝に、思わず、手を伸ばしていた。
 大きく開かれた膝の間、割り入るように身を滑り込ませる、仁吉。

「仁吉?」

 怪訝そうに見上げてくる佐助の、扇ぐ団扇が、ふわり、仁吉の頬を撫でる。
 鼻腔を掠める、佐助の匂い。
 
「随分煽ってくれるじゃないか」
「は?」

 訳が分からぬというように、眉間に皺を寄せる佐助の、その立てた膝から、するりと、引き締まった太腿へと指を這わせると、意図を察したのか、気色ばんだように膝を閉じ合わせようとするのを、器用に阻む。
 ぱたりと、音を立てて、佐助の手から、団扇が零れ落ちた。
 その手が、仁吉の肩を、押し返そうともがく。
 反対に捕らえ、節立った指に、舌を這わせる。

「仁吉っ!」

 咎める様に叫ぶ佐助の声が、部屋に響く。
 
「大きな声出すんじゃないよ。若だんなを起こしちまうだろう?」

 にやり、口角を吊り上げながら、視線で簾を示せば、佐助が恨めしげに低く唸り、睨み上げてくる。
 外の虫の音は、障子の頃より良く聞こえて。

「ふざけるな。退きなよ…っ」

 それでも、やはり仁吉の言葉が気にかかるのか、押し殺された声に、仁吉は思わず、漏れそうになった笑いを喉の奥底、押し殺す。
 ざらりと、捕らえたままの掌を舐め上げれば、びくりと、佐助が身を竦ませる。
 
「―――っ」

 反射的に息を詰める佐助に、にやりと、口角を吊り上げれば、また睨まれた。
 それを無視して、強引に口付ければ、小さく呻いて、押し返そうとする舌を、反対に絡めとる。
 
「ん…ぅ…っ」

 眉間に皺を寄せて足掻く佐助の耳元、落とすの囁き。

「大丈夫。お前が声を立てなきゃあ、ばれないよ…」

 佐助が小さく、息を呑む気配が、空気を揺らした―。




「は…っ」

 荒い吐吐息が、寝屋の薄闇を、揺らす。
 ぱたり、落ちた透明な雫が、敷き布に染みを作った。
 夏の夜の生温い空気が、二人を包む。

「佐助…」
 
 囁き、耳朶に舌を這わせれば、震える吐息が、零れ落ちる。
 情欲に濡れた瞳が、それでも、気になるのか簾を上目で見遣った。
 常からほとんど声を漏らさぬのに、その乱れた吐息でさえ、聞こえてしまうのではと怯えるように、強くきつく、唇を噛み締める佐助。
 
「噛むんじゃないよ…傷つくだろう?」

 言いながら、唇を舌でなぞれば、顔を背けられた。

「……」
 
 頑なな態度に、仁吉の口角が、意地悪く上がる。
 白く細い指を、下肢へと伸ばす。
 
「何強情張ってんだい」
「―――っやめ…っ」

 きつく、自身を握りこまれ、佐助の目元、涙が滲む。
 それを舌で舐め取ってやりながら、思わず、漏れる苦笑。
 強引に唇を割って口付ければ、やはり切れていたのか、微かに、血の味がした。
 どれはどこか、甘く感じられて。
 一層、熱が高ぶるのを、仁吉は感じた。

「…っふ…っ」

 甘さを帯びた声が、仁吉の舌に絡め取られて、消える。
 指の腹で鈴口を押し広げるように擦り上げれば、佐助の腰が、求める様に浮く。
 その反応に満足げな笑みを浮かべ、仁吉はそっと、その先走りに濡れた指を、後孔に這わせた。

「―――っぅ」

 途端、息を詰める佐助に、宥めるように髪を梳いてやりながら、気を散らす。
 中で指を動かせば、堪えきれぬというように薄く開いた唇が、戦慄く。
 それを上目で確認しながら、尤も敏感な箇所を突けば、佐助の手が、きつく敷き布を掴んだ。
 硬く閉ざされた瞼に、また、涙が滲む。
 きゅっと、いつもよりきつく、締め付けてくる内壁に、仁吉は思わず、息を詰めた。

「ごめんよ…堪えきれないのはあたしの方だ…」
「…ぇ…?」

 聞き取れなかったのか、薄目を開けて見上げた佐助の目が、悲痛なまでに見開かれる。

「―――っ」

 声にならぬ悲鳴に、仰け反った喉が、震えた。
 まだ完全に溶け切らぬうちに貫かれ、衝撃に体が震える。
 いつもよりもきついそこに、仁吉からも、切なげな吐息が零れた。

「い…っ」

 痛みに、力の篭った爪先が、敷き布を蹴る。
 少しでも苦痛を和らげてやろうと、啄ばむように口付けを落としながら、それでも、仁吉はいつまで堪えられるか、自信が無かった。
 
「…っにすんだ…っ」

 詰る声は、震えていた。
 それはいつもよりも、掠れていて。
 睨む瞳は、涙に濡れて。
 上気した目元に、それは一層、仁吉の熱を煽った。
 どくり、体の奥が、脈打つ。

「ひ…っ」

 引き攣った悲鳴が、佐助から漏れた。
 まだ慣れてもいないのに突き上げられ、見開かれた目からぼろぼろと、涙が伝う。
 悲痛なそれを、仁吉は何度も舐め取ってやりながら、突き上げる衝動を堪え切れなかった。
 それでも、暫くすればようやっと慣れてきたのか、佐助の唇から、甘さを帯びた吐息が漏れ始めて。
 
「…く…っぅ…」

 佐助は必死に、吐息すら、殺そうとする。
 突き上げられる度、強張る身体は、飲み込んだ仁吉さえも、きつく締め上げて。

「にき…も…やめ…」
「無理…言うんじゃないよ…」

 掠れた、哀願めいた声に、返す仁吉の声も、切なげに掠れていた。
 佐助の手が、縋るように仁吉の首筋に絡む。

「…っ…ふ…っ」

 繰り返される抽挿に、切なげに歪められた表情。
 ざわりと、簾から吹き込む生温い風が、二人の肌を撫で上げた。
 快楽が、背筋を駆ける。
 
「佐助…」
「…ぁっ」

 囁き、そのまま耳孔に舌を差し込まれ、その濡れた感触に、仁吉の熱を帯びた吐息に、佐助はびくりと、身体を震わせた。
 突き上げてくる熱は、抗いようも無く二人を追い上げて。
 快楽に、意識が飲まれかける。
 けれど、不意に、強く吹いた風に、かたりと、簾が音を立て、意識を呼び戻されたかのように、佐助が身を強張らせた。
 
「…っさす…け…っ」
「…ふ…っぅ…」

 急な締め付けに、仁吉が切なげに名前を呼ぶ。
 けれど佐助自身、より強く仁吉を感じてしまって。
 声を出せぬ、吐息まで殺さねばと言う被虐的な快楽が、更に、佐助を追い詰める。
 思わずもれそうになった声を、押し殺すのが、震える喉で分かった。
 
「―――っ」

 自身に指を絡ませれば、首筋に絡んだ手指が、僅か、爪を立ててくる。
 それはそのまま、佐助が感じる快楽を、仁吉に伝えていて。
 少しきつめの指の輪で扱き上げれば、佐助は何度も、堪えきれぬというように首を打ち振った。

「…ゃ…ぅ…あ…」

 突き上げられ、擦られ、それでも、佐助は声を押し殺す。
 そのきつい締め付けに、仁吉自身、限界が近かった。

「…っ…くぅ…んっ」

 激しくなる律動に、仁吉の首筋、立てられた爪に、力が篭る。
 
「―――っ」

 最奥を貫くのと同時に、かりと、鈴口に爪を立てられ、敏感な箇所への強すぎる刺激に、佐助は仁吉の手の中、精を吐く。
 吐息すら押し殺した所為で、いつもよりきつく収斂する内壁に、仁吉も堪えきれず、白濁を吐いた。
 
「は…っ」

 強い快楽の余韻に、荒いと息のまま倒れこむように横になれば、今だ涙の滲む目が睨みつけてくる。

「仁吉の馬鹿が…」

 ぼそりと、低く吐き出された声は掠れていて。
 朱に染まり、上気した目元に、内心、零すのは苦笑。

「無駄に煽ったお前が悪いよ…」
「あ?何訳のわかんない事言ってんだい」

 言いながら背を向けてしまう。
 無理をさせてしまった所為だろう、身体を動かせば痛みが走るのか、微かに、佐助が呻く。
 一瞬、垣間見えたその横顔には、不機嫌そうに眉間に皺が刻まれていた。
 思い切り機嫌を損ねてしまったのは間違いない様で。
 今度こそはっきりと、苦笑を漏らす仁吉に、佐助がより一層、機嫌を悪くしたのが空気で分かった。
 それでもと、後始末の為に身を起こしながら、さてどうやって機嫌を取ろうかと、仁吉は思考を巡らせる。


 生温い夏の夜風が、寝屋の熱を流して行った―。