もう いくつ ねると お正月。

 あと、いちにち ねたら、みんなが待ってる、お正月です。
 長崎幼稚園はねんない休まずかいえんしてましたが、お正月のさんがにちは、お休みです。
 みんな、お正月がとっても楽しみ!
 なのに、ほっぺたをふくらませて、不満そうなお顔がひとつ…。

「仁吉…」

 仁吉くんです。
 佐助先生は困ったお顔で、仁吉くんの前にしゃがみ込みます。
 仁吉くんはぶぅっと、ほっぺたをふくらませたまま、そっぽを向いてしまいます。

「お正月があけたら、幼稚園は開園するんだぞ?」
「……」

 仁吉くんはけっして、お口を開こうとしません。
 みっかも、佐助先生に会うのをがまんするのが、いやでいやで仕方ないのです。
 佐助先生は、溜息を一つ。
 ごそごそ、自分のロッカーから何かを出してきました。

「ほら」
「……?」

 ふうわり。
 仁吉くんに渡されたのは、犬さんのぬいぐるみです。
 佐助先生の手づくりなのかな?
 なんとなく、真っ黒なお目めが佐助先生に似ています。

「これで我慢しろ」

 こまったように、笑いながら。
 くしゃくしゃ、頭を撫でられて。
 仁吉くんはなんにも言わずに、じっと、渡された犬さんを見つめていました。




「佐助め…あたしを 屏風といっしょだと、おもってるんだ」

 おうちに帰ってから。
 仁吉くんは犬さんのほっぺたをぎゅうぎゅう引っぱりながら、ふまんそうに こぼします。
 犬さん 何だか痛そうです。

「こんなの、なかみは わたじゃないか…」

 そう言って、ぽいっと、犬さんをほうり投げてしまいました。
 ころんと、お部屋のすみに転がって。
 たれたお耳が、寂しそうです。

「………」
 
 しばらく、じっと犬さんを見つめていた仁吉くんは、ちょんと、犬さんを座りなおしてあげて。
 そのあたまを、そうっと、撫でてあげました。

「みっかも佐助にあえない…」

 お盆と、お正月。
 いちねんに2回ある、このちょっぴりながいお休みが、仁吉くんは大きらいです。
 だって大好きな佐助先生にあえないんですもの。
 プラスチックの、真っ黒でまあるいお目めが、じっと、仁吉くんをみつめていました。



「さすけ…」

 その夜。
 じょやのかねが、ひびくころ。
 すやすやねむる、仁吉くんの腕には、しっかりと、犬さんが抱っこされていました。
 あたらしい、年まで、あと 少し。



 次の日の朝。
 あたらしい、年の朝です。
 仁吉くんは、おうちの人と一緒に、初もうでに出かけて。
 そこで、ぐうじさんをお手伝いをしてる守狐先生をみつけてしまい、ものすごく不機嫌になってしまいました。
 おうちに帰ってから、おぞうにと、おせちを食べたけど、やっぱり機嫌はなおりません。
 だって仁吉くんがあいたいのは、守狐先生じゃなくて、佐助先生なんですもの。

「……?」

 お部屋に戻ると、つくえの上にいちまい、はがきがあります。
 手にとってみると、きいろとくろの しましまの猫さんが、大きなお口をあけていました。

「『あけましておめでとう』……?…佐助からだ!」

 佐助先生からの、ねんがじょうです。
 仁吉くんは嬉しくなって、なんどもなんども、ねんがじょうを読みかえします。
 
「でも、何でねんがじょうに、ねこなんだ?」

 佐助先生、字はとってもじょうずなのに、お絵かきは、ちょっぴり苦手みたいです。 
 えとの、虎さんが 猫さんになってしまっています。
 でも、猫さんだって、虎さんだって、いいんです。
 だって、佐助先生からのねんがじょうってことが、嬉しいんですもの!

「あたしとしたことが、佐助にだしてないよ!」

 仁吉くんは大慌てで、おうちの人にねんがはがきをもらうと、いっしょうけんめい、ねんがじょうを書きはじめました。
 おてほんは、佐助先生の、ねんがじょうです。

「よし、できた!」

 かきあがったねんがじょうには、やっぱり、きいろとくろの、しましまの猫さんがいます。
 あとは、ぽすとに入れるだけです。
 
「…にんげんがする、しごとなんか しんようできるか」

 そんな、かわいくないことを言って、仁吉くんは、マフラーをまいて、コートをきこみます。
 佐助先生のおうちは、幼稚園のうらにある、園長先生のおうちのおとなり。
 長崎幼稚園のしゃたくに、あることは、知っています。
 仁吉くんは、佐助先生にちょくせつ、ねんがじょうを渡すつもりです。
 だってそのほうが、「あけまして、おめでとう」って、ちょくせつ言えますものね。
 でも、一人でだいじょうぶかな?
 犬さんが、お部屋のすみで、心配そうに、見つめています。

「………」

 おいて、行くつもりだったけど。
 真っ黒なお目めが、あんまり心配そうで。
 垂れたお耳が、あんまり寂しそうだったから。

「しかたないから、…しかたないから、つれてってやるよ」
 
 と言って、おうちを出て行く仁吉くんの腕には犬さんが、抱っこされていました。



 かどを曲がって、さかみちをおりて。
 もうひとつ、かどを曲がれば、幼稚園のお屋根が、見えてきます。
 まいあさ、あいている大きなもんは、きょうはしまったまま。
 ひんやりつめたい、てつのこうしを にぎりしめて。
 仁吉くんは、だあれもいない、えんていを、見つめます。
 真っ暗なお教室に、だあれもいない、えんてい。
 しーんと、しずまり返って、なんだかちょっと、知らないばしょみたいです。

「………」
 
 すっかり、つめたくなってしまったお手てをはなして。
 仁吉くんは、幼稚園の裏に、急ぎます。
 佐助先生がすむ、しゃたくはすぐそこです。

「あ……」

 佐助先生のお名前が書かれた、ドアの前まで、来たけれど。
 仁吉くんは、ちょっと困ってしまいました。
 インターホンに、お手てが届きません。

「……」
 
 けれど、こんなことで、あきらめる仁吉くんでは、ありません。
 どんどん、ドアを叩きます。

「さーすーけー」

 大きな声で、佐助先生を、呼ぶけれど。
 てつの、つめたいドアの向こうから、お返事が返ってくることはありません。
 いったいどうしたのでしょう?

「さすけーっ!」

 叫んでも、叩いても。
 しんと、しずまり返ったままです。
 仁吉くんは、ちょっぴり不安になってきて。
 きゅっと、手の中の犬さんのお手てを、にぎりました。

「仁吉くん…?」

 とつぜん、うしろから声をかけられて。
 びっくりしてふり返ると、晴れ着すがたの松之助くんと、一太郎くんが、立っていました。
 どうやら、初もうでにいった帰りみたいです。

「何してるの?」
「佐助がいないんだ」
 
 びっくりしている松之助くんに、はやくちに言うと、一太郎くんが、ふしぎそうにおくびを傾げながら、教えてくれました。
   
「佐助先生なら、じっかにかえってるよ」
「じっか!?」

 なんということでしょう。
 佐助先生が、おうちにいないなんて、かんがえてもみませんでした。
 
「お正月あいだぐらい、帰ってあげなさいって、おじいちゃんが…」
「佐助のじっかって!?」
「和歌山だよ」

 のんびりと、うしろから かけられたお声に、ふりかえると 園長先生が、やってきました。
 やっぱり、はれぎをきているので、なんだか じだいげきの ごいんきょみたいです。

「あたしもそこにいくっ」
「うぅん…。和歌山と此処じゃあ、ちょっと遠すぎるかな…」

 しかも、佐助先生のじっかは、和歌山けんの、へきちです。
 しんかんせんも、とおっていません。

「佐助にあえないのかいっ?」

 びっくり、お目めをみひらく、仁吉くんに、園長先生は、もうしわけなさそうに、あたまをなでます。
 
「三が日が明けたら、あえるから…」
「……っ!じじいが よけいなこと、言うからだよっ」

 ぱしり、園長先生のお手てをふり払って、仁吉くんはどなります。
 なんだかちょっと、泣きたいようなきもちです。

「おじいちゃんをいじめないでっ!仁吉のばかっ」

 どんっと、一太郎くんにつきとばされて。
 仁吉くんは、お目めがこぼれてしまうんじゃないかというほど、みひらきました。

「一太郎、おともだちに ばかって言っちゃ、いけないんだよ」

 松之助くんが、こまったおかおで、一太郎くんにめってします。
 でも、仁吉くんは、それどころじゃあ、ありません。
 一太郎くんに、おこられたのなんて、初めてです。
 佐助先生には、あえなくて。
 一太郎くんにも、おこられて。
 仁吉くんは、ぎゅうっとぎゅうっと、犬さんのお手てを、握りしめました。

「あ…!」
「仁吉くん…っ!」

 松之助くんと、園長先生が、止めるまもなく。
 仁吉くんは、走りさってしまいました。
 走って、走って。
 お口をおおう、マフラーが、いきぐるしいくらい、はしって。
 おうちに帰って、ただいまもいわずに、おへやにかけこみます。

「佐助のばか…!じじいのばか…!」

 ぎゅうっと、ぎゅうっと、犬さんをだきしめて。
 おふとんにもぐりこんで、くりかえしつぶやくお声が、何だか泣きだしそうです。
 ぎゅうっと、ほっぺたをおしつけた、犬さんのほっぺたは、ふわふわで。
 犬さんだけが、やさしい気がして。
 それはなんだか、佐助先生に、にてる気がして。

「さすけ…」

 ぎゅうっと、ぎゅうっと、犬さんを抱っこしたら、さびいしきもちも、くやしいきもちも、かなしいきもちも、ほんのちょっぴり、やわらかくなる気がしました。
 ほっぺたを、なにかがつたった気がしたけれど。
 いつの間にか、仁吉くんはねむってしまいました。


 おぞうにも、おせちも食べあきて。
 おうちにあるご本も、ぜんぶ読みあきてしまったころ。
 ようやく、さんがにちがあけました。
 今日は、まちにまった とうえんびです。

「仁吉くん、ずっと佐助先生にくっついてるね」
「さびしかったなら、そういやあいいのに」

 もっちゃり、もっちゃり。
 佐助先生が買ってきてくれた おみやげの かるかやもちを 一太郎くんと食べながら。
 狐さんをだっこしたまま、屏風くんが、あきれたみたいに言います。
 じぶんは、どうだったのかな?
 
「仁吉くんは、佐助先生がだいすきなんだね」

 もっちゃり、もっちゃり。
 かるかやもちを食べながら、松之助くんが、のんびり笑います。
 
「いちは 兄たんがだいすきっ」
「はいはい」

 ぎゅーっと、だいすきをかえっこする一太郎くんと、松之助くんの横で。
 佐助先生のお膝で、仁吉くんが かるかやもちを 食べています。
 
「仁吉、お正月はちゃんといい子にしてたのか?」

 仁吉くんがもってきた 犬さんのあたまを、ぽんぽんたたきながら、佐助先生が、仁吉くんのお顔を、のぞきこみます。
 もう、犬さんがいなくても、仁吉くんはさびしくないので 犬さんは佐助先生のおうちに かえる よていです。 
 犬さんもおつかれさまでした。

「ふん。……これ」
「ん?」

 犬さんのお顔を、ぎゅうぎゅう押しやりながら。
 仁吉くんが、おかばんの中から、とってきたのは、いちまいのはがきです。
 がんじつに わたせなかった あの、ねんがじょうです。
 すてちゃおうかと、おもったけれど。
 やっぱり、わたしたくて。
 おかばんに いちばんに いれてきたのです。
 
「仁吉が、書いてくれたのか?」

 こっくりと おくびをたてにふれば、佐助先生は、くしゃくしゃ、頭を撫でてくれて。

「ありがとう、嬉しいよ」

 って、ほんとうに、うれしそうに わらってくれました。

「……佐助」

 ずるずるっと、佐助先生のおなかに もたれながら。
 ぎゅうっと、佐助先生の、おっきくて、あったかいお手てをにぎります。     

「あけましておめでとう…ございます」
「はい、おめでとう」

 きゅっと、お手てをにぎり返してくれて。
 よいしょって、だっこしてくれる 佐助先生が、仁吉くんはだいすきです。
 らいねんも、さらいねんも、そのさきだって、だいすきです。
 ずうっと、ずうっと、だいすきです。
 しらないうちに、にきちくんのお顔は、しあわせそうに、わらってました。


 そんな、仁吉くんを。
 ころり、ころがった犬さんが、みつめていました。
 プラスチックの、まっ黒でまあるい お目めが、なんだかうれしそうです。
 おしょうがつの、仁吉くんの さびしいきもちも、くやしいきもちも、かなしいきもちも…。
 ぜんぶしってる犬さんは、仁吉くんのしあわせそうなお顔に、安心したのかも、知れませんね。


 長崎幼稚園は、ことしも、みんな なかよしです。