昼休みにさ差し掛かる頃、不意にケータイのディスプレイが光る。
そっと机の下、教師の目の届かない場所で開くと、予想通りの名前。
手早く返信すると、席を立つ。
一斉に、皆の視線が集まる。
「気分が悪いんで早退します」
何か言いかけた教師に、わざと見えるように、髪をかき上げるフリをして、袖口を下げ、左手首をさりげなく示す。
そこに走る幾筋もの赤い線が、他人が踏み込んでくるのを拒む。
厄介ごとが嫌いな教師は、厄介ごとを持ち込みそうな生徒を嫌う。
そして、極力かかわらないようにする。
あたしはそれを、利用する。
「あ…あぁ気をつけて」
結局何も言わず、それだけ告げる教師の声を背に、教室を出る。
校門に差し掛かったところで、見慣れた車を見つけた。
乗り込むと同時に、発進される。
行き先は、運転席に座る男の部屋。
重低音が響く、暖房の聞いた車内。
「授業中だったんだけど」
重いブレザーを脱ぎながら、少し、非難する様に言う。
「単位ヤバイの?」
全く悪びれも無くそう言われ、溜息を付く。
そうじゃないだろと言いたいけれど、言葉を飲み込む代わりに、苦笑する。
明が、笑った。
「…」
信号待ちのときに、不意に手が伸びて来て、肩を抱かれる。
抱き寄せられ、重ねる唇。
入り込んできた舌が、傷口に触れ、反射的に舌を引っ込めそうになったけれど、明は気にする風も無く、シャツの裾から手を差し込んでくる。
この分だと部屋に付いたら即だなと、ひどく冷めた頭で思う。
案の定、アパートのドアを開けた途端、後ろから腕が絡んでくる。
そのままベッドに雪崩れ込んだ。
下から突き上げられながら、相変わらず冷めきった頭で、自分の上の男を観察する。
それでも便利なもので、声は勝手に出るし、体は適当に反応してくれる。
そして明は器用に、あたしの左腕の傷からは目を逸らす。
それで良かった。
明の良い所は、深入りしないトコ。
動きが一層激しくなって、明がイッたのが分かる。
「また増えたね」
視線を上やると、ゴムをベッドの横のゴミ箱に放り込みながら、明があたしを見下ろしていた。
「好きだよ」
笑顔を作って、それ以上の言葉を遮る。
重ねられてくる唇。
そう、それで良い。
薄い関係。
それが一番だと、やっと分かった。
救いなんて無いんだから。
あたし以外何処にも。
誰と会話したって誰とセックスしたって誰と一緒にいたって、
結局あたしは独りなんだから。
あたしはあたし以外には救えない。