ちゃぷんと、水滴が音を立てて、落ちた。
「ふふ…っ」
花菜の笑い声が、響く。
つられて、あたしも、笑う。
ちゃぷん。
水は、音を立てて落ちる。
「あたしが先ね」
言って、花菜の白い指に、ショッキングピンクの大きな剃刀が握られる。
似合わないなと、いつも思う。
品の無いこの色は、花菜には似合わない。
でも、安価で済ますには此れしかないから、仕方ない。
ふわり。
「花が咲くみたい」
そう思った。
浴槽の中、傷口から広がる花菜の血は、まるで紅い花みたい。
ちゃぷん。
水は、音を立てるけど、血は、音も無く水中に広がる。
白い浴槽を満たすお湯が、紅く染まる。
綺麗だと、いつも思う。
「はい」
渡されたショッキングピンク。
受け取り、お湯の中、滑らせる。
花菜と同じぐらい、青白い腕に、紅い線が一瞬、浮かぶ。
そして、それはすぐに、ふんわり咲いた紅い花の下になり、消えた。
ちゃぷん。
花菜が、紅いお湯を掬う。
「若返るかな?」
「処女じゃないから無理」
狭い浴槽に、膝を抱えて。
向かい合って座って。
花菜の血と、あたしの血が、交じり合う。
花菜の血が、あたしの傷口から、入ってくる。
それは、脳髄が痺れるるほどの、喜び
そっと、花菜の血まみれの腕が、あたしの胸に、触れる。
「赦せないな…。夏帆に触った奴、全員」
ああ、さっきの言葉に、怒ってるんだ。
花菜は誰より、あたしのことが好きだから。
あたしが誰より、夏帆のことを好きなのと同じぐらい。
「怒らないで。…誰よりあたしをあげるから」
そっと、凭れて来た頭を、抱き込んで、囁く。
花菜の濡れた髪に、あたしの血が、絡む。
「じゃあ、あたしも、あげる」
くしゃり、濡れた髪が、胸を擽る。
微笑を交わしたその唇が、触れる。
「剃刀、貸して?」
洗い場の、真白いタイルの上に、投げ出された血まみれの剃刀を、浴槽の湯で漱いで、渡す。
あんまり意味が無かったかなと、銀色の上に浮かぶ薄紅の玉を見て、思った。
「いくよ?」
「ん」
ぎちり、刃が、肩に食い込む。
縦に一筋、傷がついたのが、分かる。
「ぁ…あぁ…」
ぎゅっと、花菜の肩に、しがみ付く。
痛みに、感覚が支配される。
「きれい…」
ゆっくりと、刃が、動く。
その度に、増幅する痛みに、脳髄は痺れる様な快楽を作り出す。
さっきの比じゃない、溢れ、流れる血が、一層、お湯を染めていく。
「とれたよ」
「あげる」
べろり、目の前に掲げられたのは、数センチの血まみれの肌色。
花菜は、嬉しそうに笑いながら、それを口に含む。
味わう様な仕草を見せて、飲み下されたあたしの皮膚。
花菜の中に、あたしが入り込む。
それは、言いようの無い、幸福。
「はい」
また、ショッキングピンクが、あたしの手に。
花菜の左肩に、銀色を縦に一筋。
「ぁ…あぁ…」
痛みに喘ぐ花菜の爪が、あたしの肩に、食い込む。
剥いだ傷口を抉られ、麻痺した頭は、それをもう痛みとは感じなくて。
快楽に喘ぎながら、小刻みに刃を動かし、横へ滑らせる。
黄色い粒が並ぶ脂肪層から、皮膚を引き剥がす。
奥に見える、青白い血管。
「きれい…」
溢れる血が、すぐに黄色を掻き消したけれど。
流れる血が、あたしの腕を伝う。
お湯を染める。
「とれたよ」
「あげる」
あたしを見つめる花菜の眼は、完全に虚ろ。
あたしも、きっと同じ眼をしてるんだ
数センチの、血まみれの肌色を、口に含む。
花菜が、あたしの中に入ってくる。
舌の上で、十分に味わう。
甘い味がしたような、気がした。
飲み下せば、花菜とあたしが、溶け合う。
誰より、あたし達は一つに繋がる。
「あたしだけの傷」
「あたしだけの傷」
二人、舌を這わせるのは、お互いの肩。
皮膚を失った傷口から溢れ、流れる血を、舐め取る。
飲み下す。
これは、あたしだけのもの。
誰にもあげない、あたしだけのもの。
生殖器なんか無くたって、あたし達は、男の子と繋がるときより深く繋がれる。
一つになれる。
「花菜はあたしのだけもの」
「夏帆はあたしだけのもの」
誰にもあげない。
触れさせない。
だって、花菜のことを、食べちゃいたいくらい愛してるのなんて、あたしだけだもの。
あたしのことを、食べちゃいたいくらい愛してるのなんて、花菜だけだもの。