「兄さん」
呼ばれ、顔を上げた途端、唇に触れる柔らかな感触。
直ぐに、歯列を割って口腔内に入り込んでくる舌に、応えることに躊躇いが消えたのは、つい最近のこと。
「ん…ぃち…たろ…」
吐息の狭間、名前を呼ぶのに、抵抗を感じなくなったのも、つい最近。
「ふ…っ」
角度を変えて、再び絡んでくる舌に、髪に差し込まれる指に、僅か、身体が震える。
おずおずと、一太郎の首に腕を絡ませ返せば、口付けの狭間、嬉しそうに微笑され、思わず、照れた。
「ぁ…っ?」
着物の合わせ目、不意に差し込まれたひんやりとした一太郎の手に、反射的にその身を押し返してしまう。
途端、離れる体温に、熾りかけた熱が散った。
女相手となら、松之助にだって経験はある。
しかし、同性との経験などあるわけも無く、これから先の行為にどうしても踏み切れずにいた。
「だめ…?」
「……っ」
上目遣いに、少し寂しそうに訊かれ、思わず、言葉に詰まる。
ひどく困ったように眉根を寄せる松之助の、瞳の奥に滲む困惑の色を見て、一太郎は苦笑を一つ漏らして、その瞼に口付けを落とす。
「ごめんね…」
呟く声が、瞳が、どこか哀しげに見えて。
松之助の手は反射的に、離れようとした一太郎の袖を、掴んでいた。
「兄さん…?」
「良い…から…」
羞恥に、声が掠れる。
俯いた松之助のその頬は、赤い。
「え…?」
一瞬、己の耳に入った言葉が、理解できず、呆けた様な表情を浮かべる一太郎の、その白く細い首を引き寄せ、松之助は自ら深く口付ける。
これで分かれと、舌を差し入れれば、直ぐに応えてくれて、絡め取られた。
交わす、濡れた体温に、散った熱が、また熾り始める。
髪に差し込まれた一太郎の指が、項を掠め、艶めいた水音の狭間、唇から漏れる、甘さを孕んだ吐息。
「……っ」
再び滑り込んできた手に、今度は押し返すことをせずに、受け入れる。
「本当に…良いの…?」
それでも、どこか不安げに揺れる己を見つめる瞳に、先程されたそれと同じように、瞼に口付けを一つ落として、頷く。
気恥ずかしさに、それでも微笑えば、返ってくる、ひどく優しい微笑。
「兄さんが嫌がるようなことはしないから…」
耳元で囁く声が、耳朶を擽り、ぞくり、震えが走る。
言いながら器用に片手で帯を解く手に、一体何処で覚えてきたのかと、内心少し戸惑いつつも、小さく頷く。
「……ぁ…っ」
耳朶を這う舌を、耳孔に差し込まれ、奥深くまで侵すその濡れた感触に、吐息に、思わずきゅっと両の目を閉じる。
縋る様に袖を掴めば、微笑する気配と共に、柔く首筋を撫でる一太郎の指。
それを辿る様に、舌を這わされ、唇から漏れる吐息が、僅か、乱れ始めて。
薄目を開けた先、まだ何一つ乱れてはいない一太郎に気付き、己ばかり乱されたことに松之助の目元、微かに、朱が走った。
「兄さん…?」
「一太郎も…」
そっと、首筋に絡めた腕を解き、一太郎の帯に手を掛ければ、訝しげに覗き込んで来る一太郎に、軽く口付けを落として、軽い衣擦れの音と共に、その前を開けさせる。
後は、意図を察した一太郎が、自分で脱いでくれた。
己の目の前、露になった一太郎の白い素肌に、同じ様に舌を這わせれば、上から降ってくる熱を帯びた、掠れた吐息が愛おしい。
首筋から鎖骨へと、ゆっくりと舌で辿れば、不意に、熱を孕んだ視線に捕らえられ、動きを止める。
見詰め返せば、自然、重なる唇。
深く、きつく、舌を吸われ、松之助は意識がしびれるのを感じた。
ようやっと、唇を離せば、再び、一太郎の指が舌が、松之助の肌を辿る。
「―――っ」
鎖骨の上、不意に走った僅かな痛みと水音に、己のそこに赤い跡が散ったのを知る。
「待…っ跡…は…」
困ると、言いかけた唇を、一太郎のそれで塞がれ、続く言葉は消えてしまう。
「大丈夫だから…」
優しく、ゆるく微笑まれ、松之助は困った様に眉根を寄せる。
それでも、胸の突起を一太郎の指の腹が撫で上げた時にはもう、その眉根は快楽に寄せられていた。
「は…っぅ…」
散々、指で弄られたそれに、舌を這わされ、背筋を駆けるのは快楽。
ざらりとした舌の感触に、びくりと、震えが走る。
「ぁ…っひぅ…っ」
少しきつめに歯を立てられれば、思わず、背を反らしてしまう。
じわり、目尻に、涙が溜まる。
見開いた視線の先、天井の節目が、奇妙に歪んだのは、快楽の所為か。
「ふ…っぅ…っ」
脇腹を滑る指先に、詰めた息が、甘さを孕んで、唇から漏れる。
そのまま、熱を孕んだ下肢へと伸ばされるそれに、先の快楽を期待してしまう己に気付き、羞恥に頬が熱くなった。
「は…っぁ…あっ」
不意に自身を包んだ生温い感触に、目を見開く。
ざらついた舌の腹で鈴口を舐め上げられ、爪先に力が篭る。
反射的に足を閉じようとすれば、膝頭を押さえられて叶わない。
根元から深く咥え込まれ、きつく吸い上げられる。
背筋を駆ける快楽に、一層、熱が増すのが分かった。
耳孔を侵す派手な水音に、どうしようもなく羞恥心が煽られ、反射的に、一太郎の頭を押しやろうとすれば、顔を上げた一太郎にその手を捕らえられ、戸惑う。
「いち…たろ…?」
不安げに瞳を揺らす松之助に、ゆるく微笑み返して、一太郎は捕らえたその手に、舌を這わせる。
「ぅあ…っ」
掌から指の股を擽る、ぬらりとした舌の感触に、思わず、身を竦めた。
ざわりと這い上がってくるような快楽。
今まで与えられたことの無いそれに、戸惑う。
「ひゃ…ぅ…っ」
反射的に手を引こうとすれば、含まれた指の、節立った関節に軽く歯を立てられ、阻まれる。
また、這い上がって来る快楽。
「指も…感じるんだ…?」
耳元で囁かれる言葉に、さっと、松之助の目元に朱が走る。
けれど、囁く一太郎のその声も、熱に掠れていた。
「舐めて…」
言われるがまま、差し込まれた一太郎の、その細く白い指に舌を這わせる。
己がされたのと同じ様に、指の腹を辿り、根元まで深く咥え込んで、その舌先、指の股を擽れば、一太郎の唇からも、甘さを孕んだ吐息が漏れた。
差し込まれた指が増えても、松之助は微かに眉根を寄せるだけで、拒むこと無く、舌を這わせた。
無音の部屋、微かに響く水音が、ひどく淫猥で。
「ふぁ…」
ようやっと指を引き抜かれ、細い銀糸が、松之助の唇を伝う。
微かに開いた、濡れた唇、その狭間から僅かに覗く舌が、ひどく扇情的で、一太郎は思わず、視線を逸らす。
「力抜いて…」
言われ、後孔に指を這わされ、反射的に強張らせてしまった身体から、松之助は意識して力を抜こうとするも、圧し入ってくる感触にどうしても息を詰めてしまう。
「い…っく…ぅ…」
苦しげに眉根を寄せて、何度も細かく息を吐く松之助。
あまりに固いそこに、一太郎は宥める様に口付けを散らす。
「息を吐いて…」
「は…っふ…ぅ」
言われて直ぐに、巧く出来るものでもないけれど、なんとか楽になってきた。
それを見計らったように、中で指を動かされ、再び、息が詰まる。
「ひ…ぁ…あ…っ」
異物感に、目尻に滲むのは、生理的な涙。
けれど徐々に、這い上がってくる奇妙な感覚に、下腹部がざわつく。
「あ…っ?」
ある一点を、一太郎の指が掠めたとき、確かな快楽が背筋を駆け抜け、松之助は戸惑った。
その反応を、上目越しに確かめた一太郎が、何度もそこを責め立てる。
その度に突き抜ける快楽に、初めて味わうその感覚に、松之助は己の身体が、自分の意思の届かぬところに行ってしまうような、そんな不安と、恐怖に絡め取られた。
「嫌だ…ぁ…」
「兄さん…?」
力なく己の手を押し返してくる松之助の、その涙に濡れた瞳の奥に、怯えと不安の色を感じ取り、一太郎は訝しげに眉根を寄せる。
「どうしたの…?」
心配げに覗き込んで来る一太郎に、己の裡の不安を伝えようと、快楽で回らぬ舌で、必死に言葉を手繰った。
「怖ぃ…」
「怖い?」
問われ、こくりと小さく頷く。
気遣うように髪を梳いて来る手が、ひどく優しい。
「何か…変な感じ…で…」
言って、自分で恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らす。
頬が熱い。
一太郎は一瞬、逡巡してから小さく「あぁ」と呟いた。
「ここ?」
「んぁっ?」
不意に、また中を責められ、急な刺激に、松之助の爪先が、敷き布を蹴る。
見開いた目、滲んだ涙が、頬を伝う。
「大丈夫だよ。ここは男なら誰でも感じるところだから」
安心させるように微笑する一太郎を、松之助は目尻に涙を浮かべたまま、不安げに見上げる。
荒い吐息の狭間、それでも、口を開く。
「ほ…んと…に…?」
「うん…だから…」
もっと感じて良いんだよと、続く言葉と共に、中を激しく責め立てられ、松之助の唇からは、熱と甘さを孕んだ声が、ただ漏れるばかり。
熱に、自身が疼く。
求めるように、無意識に腰を浮かせば、一太郎の指が絡みついてきて。
「嫌…ぁ…やめ…っ」
己の意識を飲み込む強すぎる快楽に、身体とは裏腹に拒む言葉が、唇から零れ落ちる。
先走りに濡れる鈴口を、指の腹で嬲られ、身を強張らせれば、中の指を強く感じてしまい、松之助は何度も堪えきれぬように首を左右に打ち振った。
「や…嫌だぁ…ぁ…」
熱に浮かされたように、ただただ、拒む言葉を、己の快楽を否定する言葉を、零し続ける。
「じゃあ、しないよ」
「…ぁ…っ?」
不意の言葉と共に、指を引き抜かれ、自身に絡みついていた指も、離れていってしまう。
急に刺激を失った内壁はひくりと、切なげに収縮する。
唐突に投げ出された熱は、行き場を失い、松之助を責めた。
ひどく意地の悪い行為に、思わず目を開ければ、己を見下ろす一太郎と、目が合う。
「兄さんの嫌がることはしないから…」
切なげに眉根を寄せる松之助に向けられるそれは、ひどく優しい微笑で。
本気で己を気遣うそれと、分かる。
知らず、困惑に寄せられる眉根。
中途半端に放り出された熱が、開放を訴え、下肢が震える。
「大丈夫だから…」
そっと、寄せられる唇。
己の舌を絡め取るその動きは、ひどく優しくて。
飲み込みきれなかった唾液が、顎を伝い首筋を這う。
一太郎の指がそれを掬い、塗りこめるように柔く、胸の突起を嬲る。
「は…っふ…ぅんっ」
ぬるついたその感触は、ぞくりと、全身を粟立たせるけれど、今の松之助にとっては到底物足りなくて。
ひくりと、また内壁がひくつく。
震える自身の先端は、先走りに濡れて。
徐々に降りてきた指先に、内腿の、触れるか触れないかの処をなぞり上げられ、思わず、強請るように腰が浮いてしまう。
「ぃちた…ろ…っ」
切なげに名前を呼べば、返って来るのはやはり、ひどく優しい微笑。
「ごめんよ兄さん…下は嫌だったんだよね…?」
言葉と共に、再び離れていく指先。
煽られた熱が、松之助を追い詰める。
「違…ぁ…」
「ん?」
覗き込んでくる、その首筋に縋り付く。
焦らされる苦しさに、涙が眦を伝う。
羞恥心に泣きそうになりながら、それでも、自分を気遣ってくれる一太郎には言わねば分からないようで。
「嫌…じゃな…ぃ…」
それは、ほとんど消え入りそうな声だったけれど、一太郎にはしっかりと届いたらしく、「良いの?」と覗き込まれ、何度もこくこくと頷く。
己を苛む熱を、早く解放して欲しくて。
頬を伝う涙を舐め取った一太郎の舌が、下肢へと降りて行き、再びその口腔内に咥え込まれ、腰が浮く。
きつく目を閉じようとしたその一瞬、僅かに一太郎の口角が、にやりと、満足げに笑ったように見えたのは気のせいか。
確認しようとしたけれど、もう、そんな余裕は松之助には残ってはいなくて。
快楽に飲まれる意識の中、気のせいだと思うことにした。
「ん…っんぅ…」
裏筋を舐め上げられ、少しきつめの指の輪で、上下に扱き上げられる。
淫猥な水音と共に、喉の奥まで咥え込んだ所を、吸い上げられ、鈴口を舌先で嬲られれば、散々焦らされた松之助は、堪え切れる訳も無く。
「も…離し…っ」
背が反り、爪先が敷き布を意味も無く掻く。
哀願じみた声も、一太郎には届かないのか、先端をきつく吸い上げられ、松之助は一太郎の口腔内に、白濁を吐いた。
「あ…っごめ…っ」
咄嗟に身を起こして謝れば、ゆるく微笑み返され、一太郎は、一度己の掌に吐き出したそれを、音を立てて舐め取る。
ひどく卑猥なその水音に、思わず顔を覆いたくなるような羞恥に駆られた。
かっと、目元が熱くなる。
「な…やめ…き…汚いから…っ」
「兄さんのだもの。平気だよ」
遮るように手を伸ばせば、耳を塞ぎたくなるような言葉と共に、反対に捕らえられ、そのまま押し倒される。
さりげなく開かされた足の間、今だ絶頂の余韻でひくつく後孔に一太郎自身を宛がわれ、その熱に、ひくり、体が強張った。
「良い…?」
熱に掠れた問いかけに、きつく目を閉じ、小さく頷く。
「息吐いて…」
言われるがまま、詰めた息をゆっくりと吐く。
途端、圧し入ってきた、指の比ではない質量に、寸の間、息が詰まる。
痛みに、目尻に溜まった涙が、ぼろぼろと零れ落ちた。
それでも、気を散らすように降ってくる口付けに促され、何とか、息を吐いて力を抜こうと試みる。
「は…ぁくぅ…っ」
その瞬間を狙ったかのように、一息に突き入れられ、その衝撃に、松之助は苦しげに呻く。
直ぐに動こうとはせず、馴染むまで待ってくれている一太郎の、白く細い指に髪を梳かれ、薄く目を開ければ、互いに交わる、熱を孕んだ視線。
一太郎自身、限界が近いのが分かる。
松之助は手を伸ばして、その首筋に縋りつく。
「動いて…」
「え?…でもまだ…」
己を気遣う一太郎にゆるく微笑って、「いいから」と促す。
そっと、誘うように唇を舌で辿れば、僅か、一太郎が息を詰める気配がした。
「ひぁ…あぁ…っ」
突き上げられ、喉から迸るのは悲痛な悲鳴。
内壁を擦り上げるその衝撃に、一太郎の首筋、爪を立てそうになり、咄嗟に手指を握りこむ。
ぎりと、掌に食い込む己の爪。
慣れぬ律動は、ただ苦しく、痛みを伴って。
それでも耐えるのは、一太郎が愛しいからで。
「ん…あ…ぁっ」
不意に、ある一点を擦り上げられ、快楽が背筋を走る。
何度も何度もそこを突き上げられ、自身が、再び熱を孕み始めた。
徐々に痛みが薄れ、快楽に変わる。
それを追い上げる様に絡み付いてくる一太郎の指に、また、追い詰められる。
与えられる刺激に、きゅっと、中の一太郎自身を締め付けてしまい、それが更に、二人を追い上げた。
もう、突き上げられる度に感じるのは、苦しさではなくて。
「あぅ…は…ぁ…っ」
とめどなく唇から零れる声は、甘さと熱を孕んでいた。
「にぃさ…」
「…っちた…ろ…っ」
互いに、求めるように名前を呼べば、それは深い口付けに変わって。
「―――っ」
一際、激しい律動の後、己の最奥に吐き出された熱を感じて、松之助も、二度目の精を一太郎の手の中に吐いた。
今だ収斂する内壁から、ずるりと一太郎自身を引き抜かれ、思わず漏れそうになった声を、喉の奥底、噛み殺す。
荒い吐息で己の横に倒れこむ一太郎の、汗で乱れた髪を梳いてやれば、うっすらと開いた目と、視線が絡む。
「大丈夫…?」
心配げな一太郎の問いかけに、ゆるく微笑して頷けば、瞼に降ってくる口付けが心地良い。
そっと、一太郎の細く白い手と、己のそれを絡ませれば、ひんやりと冷たかったそれは、いつの間にか己と同じ体温になっていて。
まるで体温を分け合えたかのようなそれに、嬉しくなって、微笑すれば、一太郎もつられたように微笑み返してきた。
互いに、初めて味わう心地よい気怠さの中、抱き合うようにして二人、眠りの海にその意識を手放した―。