漆黒の闇が、全ての色を包み込む。
 部屋の音を支配する、色々な者の寝息に紛れて近づくと、そっとその口元に手を翳す。
 直ぐに、手の平をくすぐる吐息にほっと安堵して静かに立ち上がった時だった。
「大丈夫だよ」
 不意に声を掛けられたのは。
 驚いて振り返ると、月を背後に、仁吉が立っていた。
「よく眠ってらっしゃるよ」
 逆光になって表情は分からないが、その声から、ひどく優しい顔をしてるのが、空気で分かる。
「あぁ・・・」
 頷いて、脇に並ぶとそっと音もなく襖を閉じた。

「悪い。起こしたね」
 部屋に戻るなり、申し訳なさそうに眉尻を下げる佐助に、笑って「別に良いさ」と請け負う。
「それより・・・また随分久しぶりだね」
 その言葉に、佐助は驚いたように目を見開いた後、小さく苦笑を漏らす。
 昔と違い、静かに目を覚ましたはずなのに。
「昼間あんな話をしたからかね」
 そう呟いて顔を上げると、夜目にも分かるほど強い光を湛えた目が、そこにあった。
 
まるでいつかのあの日のようだと、佐助は懐かしく思う。
 出会って間もなかった頃、つまり、大切な人を失って間もなかった頃、佐助はよく夢に見た。
 夢の中で何度も何度も繰り返し、大切な人を失うのだ。
 火事の業火が、何度も何度も・・・。
 その度に悲鳴を上げ、涙を零し、目が覚めた。
 そしてその度に、強い光を湛えた仁吉の目が、現に引き戻しては、碌に息も出来ぬ己を宥めてくれた。
 やがて気持が落ち着くと共に、悪夢は佐助から去って行ったのだが・・・
 昼間一太郎に昔を語って聞かせた所為か、久しぶりにまた、あの日を夢に見たのだ。
 それでも昔程の悲しみの波は襲っては来ず、ただ静かに「ああ久しぶりだな」と、悲しい記憶に目が覚めたのだ。
 別に昔ほど、強い不安と恐怖に駆られたわけではなく、何とはなしに胸のうちに引っかかって、
一太郎の様子を見に行ったまでで他意はない。
 少なくとも佐助自身はそう思っていた。

「別に他意はないさ。ただなんとなく気になってね」
 そう言うと、仁吉はふっと微笑した。
「そりゃあね。大丈夫に決まってるさ。今はお前だけじゃない。あたしだってついてるんだから」
 その言葉に、つられて微笑うと、仁吉は満足げに頷いて寝なおしだと言って布団に潜り込む。
 その隣にしかれた布団に、自分も潜り込み、目を閉じる。
 暖かい布団に包まりながら、直ぐ傍に感じる体温に、そう言えば寂しいなんて感情も、
長らく抱いていなかったなと気づいて、また微笑する。
 
 あの日、泣きじゃくる自分を受け入れてくれた腕の温かさを思い出し、佐助は深い眠りへと落ちていった―。