画面の向こうに映し出される光景はのんびりと穏やかで。
 ゆるいストーリー展開に少々の感動。
 このDVDを借りてきた松之助らしいと、ほんの僅か、笑みが零れた。
 激しいアクション物などは、見ていて疲れてしまう自分にはちょうど良いかもしれないと、一太郎はぼんやりと思う。
 
「・・・兄さん?」

 不意に、ことりと、肩に重みを感じて。
 首筋を擽る髪に、寄り掛かった体温に、思わず、固まる。
 松之助から、こんな風に触れてくることなど、今までまったくといって良い程なくて。
 慣れない出来事に、目の前のテレビに映る、のんびりとした映像とはかけ離れた速さで、心臓が鳴った。
 そっと、伺うように、松之助の顔を覗き込む。
 
「…あ…」

 知らず、声が漏れた。
 覗き込んだ松之助の、両の瞼は閉じられていて。
 薄く開いた唇からもれるのは、穏やかな寝息。
 少し残念な気もするけれど、こんな風に松之助が、自分の目の前で居眠りをするということも、同じぐらい珍しくて。
 自然、一太郎の口の端に、柔い笑みが乗る。

−試験とか課題とか…色々あったみたいだしねぇ…−

 その疲れが出たのだろう。
 それほどまでに、気を許してくれているのだと思うと、一層、嬉しい心地がして。
 起こさぬように気をつけながら、いっそ無防備な寝顔を、覗き込む。
 
−あ…そうだ…−

 そっと、松之助が寄りか掛かる右肩を揺らさぬように注意しながら、左手でベッドに放り出したままの己のケータイを手繰り寄せる。
 ディスプレイを開くと、起動させるのは付属のカメラ。
 暇に任せて色々な物を撮るので、画質が良いものを選んだのだが、やはり正解だったと、一人笑う。
 
−滅多にこんなチャンス無いものね−
 
 一太郎の口の端、悪戯を仕掛ける子供のような笑みが、乗る。
 スピーカー部分を指で抑えたお陰か、それほど派手な音にはならず。
 ディスプレイに写る、穏やかな松之助の寝顔。
 明暗や角度などを確認して、保存する。 
 巧く撮れたと、思わず、笑みが零れた。

「ん…」

 不意に、松之助が僅か、身じろいで。
 睫毛が震え、ゆっくりと、両の瞼が開かれる。
 さっと、ケータイを仕舞いながら、やはり、起こしてしまったかと、もらすのは苦笑。

「ごめん、起こした?」
「…一太郎…?」

 ぼんやりと、焦点の定まらぬ瞳は、どこか危うくて。
 掠れた声で名前を呼ばれ、どくりと、心臓がまた、脈打った。

「あ…寝て…た…?」

 まだ、覚醒しきらないのか、記憶の中のそれと、いきなり話が飛んでいるテレビの中の展開に、松之助はぼんやりとした表情のまま、小首をかしげ。
 無防備なその様にまた、心臓が鳴る。

−寝かせてあげたいとは思うんだけどねぇ…−

 どうにも、堪えが効きそうに無くて。
 とん、と、軽くその肩を、押す。
 唐突だったのだろう、寝起きの、ぼんやりとした意識では、体は簡単にバランスを失って。
 二人、並んで座っていたベッドの上に押し倒されて、松之助はほんの少し、怪訝そうな表情で一太郎を見上げた。

「どうし…」

 疑問符を口にする前に、その唇を、己のそれで塞ぐ。
 何事か言いかけた、その薄く開いた歯列を割って、舌を絡める。

「ん…っぅ…っ」

 ようやっと意図を察したのか、松之助の手が、微かに、抗うような動きを見せたけれど。

「だめ?」

 上目越しに、ほんの少しねだるような色を滲ませて、問い掛ける。
 一瞬、松之助は何か言いかけたけれど。
 結局、何もいわずに押し返そうと、肩に置いた手を、首筋に絡めてくれた。
 微笑を向ければ、困ったように眉尻を下げながら、それでも、照れたように小さく、返ってくる笑み。
 テレビの画面はいつのまにか、何も映さなくなっていた。



 
「んぁ…っ」

 突き上げられ、背が、反る。
 堪えきれずに漏れた声は、艶を帯びて。
 嬌羞に上気した肌を、汗が伝った。

「ぁあ…ぅ…っ」

 漏れる声を押し殺そうと、きつく唇を噛み締めれば、宥めるように、一太郎の舌先でなぞられ、すぐにまた、声が漏れてしまう。

「唇…切れて、しまうよ…」

 困ったような色を滲ませる囁きに、硬く閉じていた目を開けば、涙で滲んだ視界、苦笑する一太郎と眼があって。
 思わず、手を伸ばし、縋り付く。
 薄く開いた唇から漏れる、吐息は荒く。
 抱きとめられ、突き上げられて、力の篭った足先が、シーツを蹴った。
 堪えきれぬ快楽に、また、きつく目を閉じてしまう。
 目尻に溜まった涙が、頬を伝った。
 
「・・・・・・・・・?」

 途端、唐突に響いた乾いた機械音に、聞き慣れたそれに、怪訝に思って、瞳を開く。
 ぼんやりとした視界に映るのは、何故かケータイを手にした一太郎。
 その背面に付いている小さなレンズが、松之助を見つめていた。
 どうして今と、小首を傾げ、一拍後に、先ほどのシャッター音と、目の前のそれが繋がって。

「な…っ」
「大丈夫。綺麗に撮れたよ」

 にこりと、笑い告げられた信じられないような事実に、目を見開く。
 羞恥に、かっと頬が熱くなった。

「消し…っ」

 一太郎の手の中のそれを取り上げようと、指を伸ばした途端、己の奥深くの存在を強く感じてしまって。

「うぁ…っ」

 強い刺激に、堪えきれずに再び、布団の上に倒れこむ。
 ぎしりと、ベッドが悲鳴をあげた。

「嫌だ…ぁ消し…て…」
 
 恥辱に、全身が強張る。
 声が微かに、上擦った。 
 
「……っ」

 強い締め付けに、一太郎が僅か、息を詰める気配がする。
 脇に放り出されたケータイに、手を伸ばそうとしたとき。

「ごめん…もう堪えられそうにないや…」
「や…っ待…―――っ」

 続く言葉は、激しくなった律動に、かき消されて。
 意識は一息に、快楽に飲まれ、流されてしまう。
 ケータイを掴もうと伸ばされた手指は、強い快楽に握り込まれ。

「ぁ…っあぁ…っ」

 揺すり上げられ、突き上げられて。
 松之助の眦を、涙が伝う。
 己の最奥に熱を感じたとき、松之助も、白濁とした熱を吐き出していた。




「消して下さい」

 珍しく、低い声で告げてくる松之助に、上目越しに伺い見れば、きつく睨まれて。

「…どうしても?」
「当たり前ですっ」 

 怒ったように叫ぶ目元は、羞恥に朱く。
 その様に漏れそうになる笑みを、一太郎は懸命に堪えた。

「もったいな…」
「消してください」

 きつい声に、不承々々、ディスプレイを開く。
 カチカチと、無機質な音をさせる手元を、松之助がじっと睨みつけてくる。
 思わず、苦笑をもらせば、また睨まれて。
 
「はい。消したよ」
「本当に?」

 疑い深い視線を投げてくるから、はいと、全データを表示させて見せてやる。
 一太郎からケータイを受け取って、何度かスクロールを繰り返した松之助は、安堵したように溜息を一つ、吐いた。

「もう二度としないで下さいね」
「うん。…ごめんね」

 怖い顔で睨んでくるから、大人しく頷いてみせる。
 殊勝な態度に、松之助もようやっと、落ち着いたようで。
 疲れたように溜息をつく横顔に、一太郎は気づかれぬよう、口の端を吊り上げる。
 本当は先の寝顔と一緒に、パスワード付きのフォルダに移し、保存していたのだけれど。
 当然、松之助は気づいてなくて。

―待ち受けにしとこうっと―

 機嫌よく笑みを浮かべるのに、松之助が不思議そうに小首を傾げていた―。