ああ、駄目だ…と、思う。
堪えが、効かない。
いつも、見上げているはずのその眼から、見上げられて。
困りきったように眉根を寄せて、泣き出しそうな表情で見つめられる。
愛しい、大事にしたいと、思うのに。
その表情を、どうしても、もっと見たいと、思ってしまう。
「ねぇ。兄さん…」
呼んだ、己の声は、笑ってしまうほど、熱に掠れていた。
そっと、上気した頬に、手を伸ばす。
途端に、一層深く、繋がることになって。
松之助が反射的に、眉根を寄せる。
「あ、…な、に…?」
潤んだ目で、見上げられて。
僅かに、小首を傾げられて、胸がざわつく。
悟られぬように、いっそ無邪気に見えるような、笑い顔を、用意する。
「ちょっとだけ、意地悪して、良い?」
愛らしく、小首を傾げて。
訊けば、一瞬、松之助がきょとんと目を見開いた。
「え…?」
訳が、分からぬという疑問符を、そのまま零すのに、小さく、微笑を零して。
ちゅっと、音を立てて、その鼻の頭に、口付ける。
「一太郎…?なに…?」
「兄さんが、あんまり可愛いから」
「少しだけ」と耳元に囁けば、びくり、身体が跳ねる。
敏感なその反応に、微かに、満足げな笑みを、口の端に浮かべた。
「あ……っ」
突き上げられる律動に、松之助の手指が、シーツを握りこむ。
硬く、閉じられた瞼に、涙が滲んだ。
「に、いさ…」
声が、愉悦にかすれる。
もう、己も限界が近いのと。
松之助の、思考を奪うために。
唯ひたすらに、快楽を追った。
快楽に、意識が飲まれる。
目の前が、白く染まる。
「――――-っ」
声すら出せず、白濁とした熱を、吐く。
ぎゅっと、握りこんだ掌に、己の爪が、刺さった。
「ぁ…あぁ…っ」
達したばかりの、敏感な内壁を抉られて。
目の前の一太郎に、ただ、縋りつく。
「ん、く…ぁ…っ」
小さく、息を詰める気配の後。
己の最奥に、放たれた熱に、松之助は言いようの無い、愛しさを感じた。
「は、ぁ…」
ずるり、一太郎自身を引き抜かれ、ひくり、後孔が収斂する。
まだ、呼吸すら覚束無くて。
きゅっと、シーツを引き寄せる。
熱を、逃すように。
何度も大きく、肩で息を吐く。
眦に溜まった涙が、ぽろり、零れた。
「あ……っ?」
不意に、まだ収斂を繰り返す後孔に、指を差し込まれて。
思わず、息を詰める。
すぐに引き抜かれたけれど、中には確かに、異物感があって。
感じたことの無い、硬質な感覚に、松之助は戸惑うように、一太郎を見上げた。
「な、に…?」
まだ、掠れた声で、問いかける声に、不安が滲む。
一太郎が宥めるように、髪を梳いてきて。
にいこりと、安心させるように、微笑を向ける。
「大丈夫。兄さんの身体を傷つけるものじゃあ、無いから」
「でも…」
得体の知れない異物感は、恐怖すら、感じてしまう。
戸惑う松之助には、構わずに。
誤魔化すように、瞼に一つ、口付けを落とされる。
「いち…―――っ?」
「取って欲しい?」
不意に、異物が動いて。
初めての感覚に、咄嗟に、一太郎が羽織ったばかりのシャツを、引き掴む。
見れば、一太郎の指先が、松之助の脚の間から伸びるコードを、引いていて。
その先は当然のように、松之助の後へと、消えていた。
あまりに淫猥な光景に、かっと、目元に朱が走る。
「な、なにを…」
「うん?内緒」
愛らしく、舌を出して言うのに、松之助は困りきった様に、眉尻を下げる。
その瞳は今にも、泣き出しそうで。
縋りつくように、見上げられて、いつもとは真逆の位置に、とくり、一太郎の胸が、騒ぐ。
「そんな顔しないで…」
「一太郎…っ取って…」
訳の分からぬ異物感に、内壁を圧される。
そっと、頬を撫でれば、松之助が追い詰められた表情で、縋る。
―どうしよう…―
最初は、ほんの少し、揶揄うつもりだけだったのだけれど。
少し、欲が出てきてしまった。
「うぅん…。でも、お風呂にも行かなきゃいけないでしょう?」
言いながら、白濁とした液が伝う、内腿を指で辿れば、まだ敏感な身体が、びくりと震える。
反射的に、中の異物を締め付けてしまったのか。
松之助が小さく、息を詰めた。
「嫌だ…も、取って…」
哀願じみた声音に、つい、軽い嗜虐心が煽られる。
一太郎は、「じゃあこうしようよ」と、いっそ無邪気な笑い顔で、一つ、提案する。
「お風呂で、取ってあげる」
「え…?」
「ね、ほら、早く行こう」
言いながら、手早く松之助の服を調えて。
ぐいと、少し強引に、手を引いた。
「や、あ…っ」
途端に、中の異物が動いて。
敏感な内壁を圧され、松之助から、悲鳴が上がる。
無理だと、頭を振るのを、宥めてすかして。
どうにか、立ち上がらせる。
「あ…っ」
一つ、足を踏み出すたび。
中の異物が動いて、松之助の内壁を、擦りあげる。
よろめく、その身体を、一太郎が、そっと支えた。
いつもと真逆の立ち位置に、その口の端、嬉しげな笑みが、乗る。
「大丈夫?」
自分で、追い込んでおきながら、言うのも変だと思うけれど。
心配げに眉根を寄せて覗き込めば、困惑げに、見つめられて。
それでも、小さく、首を縦に振るのは、まだ、兄としての意識が、残っているからだろうか。
―兄さんって、いつもそうなんだよね…―
事が終われば、必ず、兄の顔を取り戻す。
どんなに、乱れていたとしても。
事が終わって、熱が冷めれば、優しげな兄の笑みを浮かべて、自分の頭を撫でるのだ
それが、心地良くもあるけれど、少し、寂しくもある。
その、兄としての顔を、崩したくて。
ポケットの中に隠し持っていた、リモコンに、手を伸ばす。
かちりと、小さく、指先に硬質な感覚が届いた。
「―――っ」
声にならない、悲鳴を上げて。
松之助が、立ち竦む。
その膝は、がくがくと震えていて。
そのまま、廊下の壁づたいに、ずるずると座り込んでしまった。
「兄さん?どうしたの?」
困った様に笑いながら、松之助の右腕を、掴む。
辺りには、虫の羽音のような、無機質な音が、微かに響いていた。
「ぁ…あ…無理…も、むり…」
うわ言の様に、繰り返しながら。
何度も、頭を振る松之助。
その身体の最奥に、挿し込んだのは、親指大ほどの小さなローターだったのだけれど。
今まで、こんなものなど使ったことの無い身体には、刺激が強いらしい。
振動は、最弱にしてあるのに。
電源を入れただけで、立つことも、覚束無かった。
「い、ち…も、これ…取って…っ」
必死に、一太郎のシャツを掴むその手が、小刻みに震える。
強すぎる刺激に、いっそ恐怖すら、感じるのか。
松之助の瞳には、縋るような色が、浮かんでいた。
「もう、歩けない?」
言いながら、手の中のリモコンを、こっそりと手繰る。
コードレスのそれは、一太郎の手の中で、簡単に操作することが、できた。
振動を、僅かに強めれば、松之助の眼が、大きく見開かれて。
「ひ…っ」
ぎゅっと、すがり付いてくる手に、力が篭った。
反射的に、下腹部に力を入れてしまい、一層、締め付けてしまうのか。
最奥で震える、無機質な快楽を否定するように、松之助は何度も、頭を振った。
今まで与えられたことの無い刺激に、自分自身がどうにかなってしまいそうで。
そんな恐怖に、早く、この異物を取って欲しくて。
縋るように、一太郎を見上げる。
その、一太郎が、困った様に、笑った。
「どうしようか?此処でとってあげても良いけど…」
含みのある物言いに、初めて、此処が誰が通るとも知れない、廊下だと、気付く。
松之助の瞳に、誰かに見られたら、と、怯えたような色が、浮かぶ。
「でも、私じゃ兄さんを部屋まで運べないし…佐助に事情を話して、運んでもらう?」
宥めるように、髪を梳きながら。
告げられた言葉に、目を見開いて。
何度も、それは嫌だと、首を振る。
一太郎が、困った様に、けれど、ひどく愛しげに、松之助の頬を、撫でた。
「じゃあ、がんばって、お風呂、行こう?」
促され、松之助の涙に濡れた瞳が、後、ほんの数メートル先の風呂場へのドアを、見つめる。
部屋に戻るよりも、今は、そちらのほうが、近い。
それでも、震え、一歩、足を踏み出すたびに、不安定に位置を変えて。
内壁を刺激する異物を、裡に挿れたまま歩くには、辛い距離だった。
「―――っ」
泣き出しそうな顔のまま、俯いてしまった松之助に、一太郎が小さく、苦笑を漏らす。
流石に少し、やりすぎたかと、内心で舌を出して。
かちり、松之助を苛んでいた振動を、止めてやる。
身体を強張らせて、快楽に耐えていた松之助の肩から、力が抜けるのが、分かる。
「ほら、兄さん…」
立ち上がるよう、促すように掴んだ手を、松之助に、縋るように握られて。
一瞬、目を見開く。
膝を震わせる松之助を、支えながら、つい、優越に口の端に笑みが、浮かんでしまう。
先程までの刺激で、一層、敏感になったらしい内壁を、ずるり、ローターが擦るから。
その、感覚に、どうしても、膝が震えてしまって、松之助の足取りは、先より更に、危うい。
ほんの数メートル先の、脱衣所のドアまでが、ひどく遠く感じられて。
ドアを開けた途端、くたりと、座り込んでしまった。
「は…っぁ…ぅ…」
思わず、床に手を付けば、ひんやりとしたフローリングの感触が、熱を持った手に、心地良い。
ぱたんと、静かに、一太郎がドアを閉める気配に、やっと、開放されると、安堵の息を、吐く。
もう、自ら動く気力すら、奪われて。
ただ、一太郎が衣服を脱がせてくれるのに、身を任せる。
がらり、風呂場の引き戸を開けたらしく、ふうわりと、流れ込んできた湯気が、視界を覆った。
促され、ほんの一歩の距離の、浴室に入る時ですら、内壁を擦る異物に、声を上げぬよう、必死だった。
「あ…!―――っ」
唐突に、また、最奥に挿し込まれた異物が、震えだして。
先程よりも強く、震えるそれに、咄嗟に、口元を手で覆う。
押し殺した悲鳴が、喉の奥で震えた。
「兄さん?大丈夫?」
優しげな声音と共に、覗き込んでくる一太郎に、思わず、縋りつく。
人のものではない、強すぎる刺激に、思考が惑乱する。
「も、やだ…嫌、だ…」
何度も何度も、頭を振って。
絶え間なく、与えられる刺激から、逃れるように、身を捩る。
意識を侵し始める快楽が、ただ、怖い。
「大丈夫だから…。力を抜いて」
宥めるように、何度も口付けを落としながら。
一太郎の指が、松之助の脚の間から伸びる、コードに絡む。
くいと、軽く、引かれただけなのに。
内壁を滑る、その感触に、びくり、身を震わせる。
絶え間なく振動を続けるそれを、また、締め付けてしまって。
一層、強くなる快楽に、身を強張らせる。
力の篭った指先が、浴室のタイルを、滑る。
「やだ、嫌…嫌だ…ぁ…」
うわ言のように、繰り返す松之助の頬を、涙が伝う。
それを、そっと、ひどく優しい仕草で、舐め取ってやりながら。
もう一度、コードを引けば、きゅっと、強く締め付けるのに、阻まれる。
途端に、びくりと、浴槽に凭れていた松之助の背が、震えた。
「あ…っや、ぁ……っ」
ぎゅっと、指先が白くなるほどに、松之助の手が、浴槽の淵を、握り締める。
無機質な快楽が、松之助の、最も敏感な部分を、捉え込む。
きつ過ぎる刺激に、意識はもう、飲まれそうで。
与えられたことの無いそれは、唯、恐ろしい。
「ひ、ぁ……っ」
ぐっと、一際強く、コードを引かれて。
震えるまま、内壁を滑るそれに、人のものとは、違いすぎる、その刺激に。
否応無く、熱を高められる。
快楽を、押し付けられる。
「嫌…―――っ」
ローターを、引き抜かれるのと同時。
触れられてもいないのに、松之助は熱を、放っていた。
「あ…ぁ……」
ようやっと、引き抜かれたそれは、一太郎が先に放った白濁に汚れていて。
がたがたと、浴室の床で、振動を続けるさまが、あまりにも卑猥だった。
それはすぐに、一太郎の手で、片付けられたけれど。
己の腹を汚す白濁が、達してしまった事実を、松之助に突きつけた。
「っ…ぅ…っ」
「兄さん…?」
震える肩に、一太郎の眉根が、怪訝に寄せられる。
両の腕で、顔を覆っているから。
松之助の表情は、見えない。
微かに、空気を振るわせた嗚咽の気配に、慌てて、顔を覗き込もうとしたけれど。
「見、るな…っ」
強く、手を払い除けられて。
今まで、そんな風に拒絶を示されたことなど、初めてだったから。
一太郎の瞳に、動揺が走る。
「兄さん?…ごめんね、ひどいこと、してしまったね…?」
必死に、取り縋って。
何度も謝罪の言葉を口にして、宥めるように、髪を梳く。
腕の狭間から、覗いた頬は、やはり、濡れていて。
本当に傷つけてしまった、嫌われてしまったらと、一太郎の胸に、不安がこみ上げる。
「ごめん…ごめんね…」
謝罪の言葉を、繰り返しながら。
啄ばむように、口付けを落とす。
どれぐらい、そうしていただろう。
すん、と、鼻を鳴らす音がして。
松之助がゆっくりと、顔を、上げてくれた。
ぶつかった視線は、涙に濡れていて。
ちくり、胸が痛む。
「兄さ…」
「ど、して…?」
「え……?」
まだ、涙に掠れた声に、不意に問いかけられて。
小さな、その声を、聞き逃さないように、耳を寄せる。
「どうして…こんな…。俺のこと……嫌いになった…?」
「違うよ…っ」
思わぬ言葉に、目を見開いて。
間髪入れずに、否定する。
じゃあ何故と、困惑に揺れる視線で問われて。
一太郎は僅かに、逡巡する。
「だって…兄さんがあんまり可愛いから…。つい、意地悪したくなっちゃたんだもん」
「ごめんね」と、上目越しに謝れば、松之助がきょとんと、目を見開く。
一拍後、その頬は、これ以上ない程に、朱に染まって。
「な…そ、んな…」
「ごめんね。もうしないから…」
しゅん、と、眉尻を下げて。
反省していますと、態度でも告げる。
その様に、何か言いかけた松之助は、結局、口を閉じて。
溜息を一つ漏らして、脱力したように、浴槽に、凭れかかった。
「もう二度と、しない?」
「うん。本当にごめんね」
ちゅっと、頬に口付けて、伺うように、見上げてくるのに。
松之助の表情に、ようやっと、笑みが戻る。
このままでは、身体が冷えると、思い出したように、湯船に浸かりながら。
一太郎がほっと、息を吐いた。
「嫌わないで、ね…?」
ちゃぷんと、小さく水音を立てながら。
そっと、伺うように、凭れていた松之助の胸から、顔を起こして、見上げる。
「そんなこと、ないよ。…けど…」
「けど?」
また、頬を朱に染めて。
俯いてしまった松之助に、一太郎が慌てて、顔を覗き込む。
「本当に、もう二度と、あん、なのは…」
「使わない。約束する!」
強く、言い切れば、松之助はふいと、視線を逸らしながら。
ぽそり、呟く。
「俺だって…一太郎以外では…イキたくないんだ、よ…?」
「兄さん…!」
松之助から漏れた、常からは考えられない言葉が、嬉しすぎて。
思わず、その首筋に、抱きついていた。
派手な水音が、浴室に響く。
「ごめんね。もう絶対、絶対、使わないって、約束するから」
「分かった…。もう分かったから…」
きゅうっと、抱きついてくる一太郎に、困った様に笑いながら。
松之助はそっと、その額に、己から口付ける。
「仲直り?」
見上げてくる瞳に、笑って、頷けば、ちゅっと、随分可愛らしい音を立てて、口付けを返される。
二人、視線がぶつかれば、笑み変わって。
いつだって、何があったって。
変わらない、愛おしい互いの存在に。
何度も、何度も、口付けを落としあった。