過ぎた軽口に、鈍い音が響いた直後、低い呻き声が、漏れる。
いつものことに、向かいに座ったこの離れの主人と、思わず、交わすのは苦笑。
「何すんだいっ!」
「うるさい」
「は…っ自分が愛想を尽かされたからって…」
皆まで言い終わる前に、二度目の拳が、脳天に落とされる。
殆ど涙目になりながら、尚も口を開こうとするのを、軽く諌めて。
「今のはお前が悪いよ」
仁吉に困ったよなうな笑い顔を向けながら、侘びの言葉を口にする。
後ろ手に、さりげなく屏風のぞきを庇いながら。
「守狐殿はそいつを甘やかしすぎです」
憮然とした表情のまま言われ、守狐は苦笑する。
「冷血な誰かさんに比べたら誰だって…」
「ほぉう。…誰だいそりゃあ」
背中で低く零された呟きに、双眸を眇める仁吉。
また、流れ始める不穏な空気。
折角姿を見せた鳴家たちが、一斉に物陰に姿を隠してしまう。
「仁吉…」
「これ。…お前はどうしてすぐにそう…」
一太郎が、呆れたように溜息を吐きながら、咎めるように名前を呼んだ。
守狐も、背中に咎めるような視線を投げ寄越す。
「ふん…っ」
不服そうに鼻を鳴らして、半身に凭れ掛って来る屏風のぞき。
仁吉を見れば、もう、そ知らぬ顔で茶なぞを淹れていた。
ふんわり、一陣の春の風が、不穏な空気を、払う。
鼻腔を掠める、木蓮の香りが、心地良かった。
ふと、目が合った一太郎と、交わすのは何度目かの苦笑。
「ほら、桜餅。…好きだろう?」
「…うん」
未だ、不機嫌そうに唇を尖らせているから。
機嫌取りに、出された桜餅を差し出せば、存外素直に、受け取ってくれた。
「…悪くないね」
「そりゃあ、良かった」
行儀悪く凭れたまま、もごもごと零される言葉に、柔く、返す微笑。
狐の名残の尾が、ゆらり、揺れる。
「ほら、食べるんならちゃんと座りな」
軽く、肘で押し返せば、反対に更に、体重を預けてきた。
窘める様に眉根を寄せれば、形の良い唇が、笑みを作る。
「いいじゃあないか。…ほら、半分やるから」
言いながら、唇に押し当てられるのは、半分に割った桜餅。
鼻腔を掠める春の匂いに、結局、苦笑しながら口を開く。
一瞬、舌先に触れた指先を、軽く追いかけて舐め上げれば、さっと屏風のぞきの目元に、朱が走る。
微笑を向ければ、ひどく慌てた仕草で、逸らされる視線。
「……確かに守狐はちょっと甘やかしすぎるかもねぇ」
不意に零された、呆れたような声に、二人、揃って目を見開く。
「そう、ですかねぇ…」
軽く、小首を傾げれば、茶を差し出してくれる仁吉に、「そうですよ」と、一言、言われてしまう。
屏風のぞきだけが、そんなことないと、相変わらず凭れたままで、反論していた。
「―――っあぁ…っ」
無音の、部屋に響くのは淫猥な嬌声。
耳を擽るそれに、守狐は小さく、笑みを零した。
そっと、背中から胸元に指先を這わせれば、敏感に震える背筋を、唇で辿る。
「痛ぅ…っ」
少しきつめに、項に歯を立てれば、ぎゅっと、握られた敷き布が、大きな皺を作った。
恨めしそうな眼で、振り仰がれて、ぞくり、背筋が震える。
薄く開いた唇から漏れる吐息は、熱を帯びて、荒い。
その形の良い唇を、指先でなぞれば、誘うように、舌を絡めてくるから。
「んぅ…っ」
少し強引に、口腔内に含ませる。
苦しげに寄せられた眉根が、ひどく淫猥に、守狐を煽る。
指の根元まで咥え込まれ、ざらついた、柔らかに濡れた感触に、ぞくり、背筋がざわつく。
飲み込みきれない唾液が、屏風のぞきの口の端を、伝い汚す。
響く、水音が、二人の熱を、高ぶらせた。
「もう良いよ」
「ふ…っ」
言って、そっと、指を引き抜けば、糸を引く銀糸が、艶かしい。
思わせぶりに指先を開けば、それを追う様に、振り仰いでくる瞳に、隠しきれない期待の色を見つけて、知らず、口角を吊り上げる。
「は…ゃく…っ」
誘うように、軽く足を開くから。
背後からそっと、後孔に指を這わす。
ゆっくりと、焦らすように差し入れれば、小さく悲鳴を上げて、屏風のぞきは何度も被りを振った。
「ぁ…嫌、だ…も…っ」
うっすらと涙の滲んだ瞳に、無意識だろう、強請るような色が、滲む。
内壁が切なげに、収斂する。
「あ…っ」
軽く、指を動かせば、嬌羞に上気した肌が、粟立つ。
敷き布を掴む手に、力が篭るのが、白く浮き出た関節で、分かる。
敏感な内壁を弄り、擦りあげて。
ある一点を責め立てれば、悲痛さを帯びた悲鳴が、屏風のぞきから、漏れた。
「ひ…ぁ…あぁ…」
触れてもいない自身から、先走りが伝う。
ふさり、狐の名残の尾で、内腿を擽れば、屏風のぞきが逃れるように、一層、足を開く。
それはまるで、更なる刺激を、求めているようで。
淫猥な様に、守狐が小さく、笑みを零す。
「守…つ、ね…もり…」
縋るように、求めるように、名を呼んで。
泣き濡れた眼で、見上げてくるから。
そっと、指を引き抜いて、宛がうのは己自身。
「良いかい?」
耳元、唇を寄せて囁けば、こくこくと頷く様が愛おしい。
頬を濡らす涙を、舐め取ってやって。
背後から一息に、突き入れる。
きつい衝撃に、上体を支えきれなくなった屏風のぞきは、布団に突っ伏してしまった。
「ひ…っぃ…ぅ…っ」
ぎゅっと、固く閉ざされた瞼を、涙が濡らす。
苦しさに、吐息が戦慄く。
宥めるように、強張る背筋に口付けを落としてやって。
真白い尾で、擽るように、脇腹を辿る。
暫くすれば、求める様に、振り仰いできたから。
未だ、微かに荒い吐息を零す唇に、深く口付ける。
「ん…っぅ…っ」
一層、深くなった接合に、苦しげに寄せれる眉根はどうしようもないほどに、艶を孕んで。
それでも、差し出される舌を、きつく吸い上げながら、ゆっくりと突き上げる。
くぐもった声が、二人の間から、零れ落ちた。
「あ…っひぁ…は…っ」
敏感な箇所を、突き上げ、擦りあげられて。
屏風のぞきの白い頬が、涙に濡れる。
乱れ、掠れた吐息に、一層、上昇する体温。
守狐は触れられることの無かった屏風のぞき自身に、手指を絡めかけて、ふと、昼間のことを思い出す。
熱に掠れた声で、落とすのは、微かに笑みを含んだ、囁き。
「お前、後ろだけで達けるだろう?」
「……?な、に…?」
快楽の熱に浮かされた頭では、すぐには真意は掴めなかった様だから。
意識させるように態と、触れるか触れないか、微妙な動きで、屏風のぞき自身を、なぞり上げてやる。
切ない刺激に、屏風のぞきが下肢を震わせた。
「ここ…触らなくても達けるだろう…?」
ひどく優しい声音で、囁く。
そのまま耳孔に舌先を差し込めば、ざらついた狐のそれに、屏風のぞきが小さく、息を詰めた。
それを振り払うように、何度も力なく首を左右に打ち振った。
「ぁ…嫌…だ…ぃ、や…」
今まで、意識していなかったそこを、意識させられることにより、一層、熱が高ぶった様子に、守狐は軽く、口角を引き上げる。
ゆっくりと、抽挿を繰り返しながら、確実に、屏風のぞきの熱を、煽り、高めていく。
一度自覚してしまえば、触れられることの無い自身は、切なげに震え、刺激を望む。
「私、はお前に甘い、みたいだから、ね…偶には…ねぇ?」
「―――っや…ぁあっ」
揶揄する様に笑って。
自らの手指を、絡ませようとするのを、後から押さえ込むことで、阻む。
悲痛な悲鳴が、淫猥な空気に、響く。
ぽたり、どちらともつかない汗が、敷き布に落ちた。
「嫌、だ…嫌…ぃ…」
涙で濡れそぼった眼が、哀願の色を浮かべ、見上げてくる。
その眼の奥底、被虐的な愉悦の色が滲んでいるのに、気付いているのかいないのか。
それは、見る者の嗜虐心を煽り立てるのに。
「や、ぁ…ぅ…」
少しでも刺激を得ようと、無意識だろう、敷き布に自身の先端を擦りつけるから、先走りが、ひどく淫猥な染みを作っていた。
その、卑猥すぎる光景に、知らず、息を詰める。
「だったら…何て言うんだい…?」
「……?」
柔く、囁けば、切なげに眉根を寄せたまま、疑問符を浮かべて見上げてくるから。
その、恥辱に上気した頬に舌を這わせ、囁きを落とす。
屏風のぞきの眼が、一瞬、見開かれたけれど。
突き上げ、胸の突起を弄れば、焦らされ、限界まで追い詰められた熱には、抗い切れなかった様で。
震える唇が、切れ切れに、言葉を零す。
「も…さ、わ…って…」
「それから?」
「ひぁ…っ」
一層深く、敏感な内壁を、突き上げる。
固く閉ざされた両の瞼から、ぼろり、涙が零れた。
ひくり、自身が、快楽に震える。
「さゎ…って…くだ…さ…」
切れ切れに、震える声で零された言葉は、羞恥と屈辱に消え入りそうなのに。
裏腹に、情欲に泣き濡れた眼で、睨みつけてくるのに、ぞくり、背筋が震える。
その瞼に、宥める様に、ひどく優しい仕草で、口付けを一つ、落としてやって。
限界を訴え、震える自身に、手指を絡ませてやる。
「あ…ひ…っあぁ…っ」
待ち望んだ、直接的な刺激に、屏風のぞきの眼が、見開かれる。
きつい締め付けに、守狐も、息を詰めた。
「ふぅ…くぁ…あっ」
激しさを増す抽挿に、屏風のぞきの膝が、震えた。
きつい快楽に、閉じることの出来ない口の端から、唾液が伝い、首筋を汚す。
堪えることの無い声が、部屋に響く。
少しきつめの指の輪で、扱き上げ、鈴口を嬲れば、悲痛な悲鳴と共に、内壁が収斂し、締め付け、絡み付いてくる。
どちらも、限界が、近い。
「―――っ」
「………く…っ」
先に、絶頂を迎えた屏風のぞきの眉が、切なげに歪む。
きつ過ぎる快楽に、声も出せずに吐き出された、白濁とした熱が、守狐の手指を淫猥に汚す。
その、一層きつい収斂に、つられるように、守狐も、屏風のぞきの中に、己の熱を解いた。
「は…っ」
強い快楽の余韻に、二人、布団の上に倒れこむ。
上気し、潤んだままの瞳は、まだ焦点が定まっておらず、ひどく危うい。
その、眼が、見上げてくるから、自分と同じぐらい、白く細い首筋に腕を絡ませれば、肩口に額を押し付けてくるのが、ひどく愛しい。
「守狐…」
「うん?」
掠れた声で呼ばれ、視線をやれば、ぽつり、零される。
「…やっぱり、お前は甘くなんかない、よ」
顔は、肩口に埋めたままの癖に。
不機嫌そうに零すのに、思わず、笑ってしまう。
「そうかい。…そりゃあ、良かった」
「…だから、このままでいい」
消え入りそうな声音で、零された言葉に、一瞬、目を見開く。
見れば、先の痴態を思い出してか、微かに覗く、耳が赤い。
伏せられた顔は、見えないけれど。
羞恥に泣き出しそうになっているのは、見なくても分かる。
その様が、どうしようもなく、愛しくて。
守狐は漏れそうになる笑いを押し殺して、腕の中の愛しい存在を、一層強く、抱きしめた―。
過ぎた軽口に、鈍い音が響いた直後、低い呻き声が、漏れる。
いつものことに、向かいに座ったこの離れの主人と、思わず、交わすのは苦笑。
「何すんだいっ!」
「うるさい」
「は…っ自分が愛想を尽かされたからって…」
皆まで言い終わる前に、二度目の拳が、脳天に落とされる。
殆ど涙目になりながら、尚も口を開こうとするのを、軽く諌めて。
「今のはお前が悪いよ」
仁吉に困ったよなうな笑い顔を向けながら、侘びの言葉を口にする。
後ろ手に、さりげなく屏風のぞきを庇いながら。
「守狐殿はそいつを甘やかしすぎです」
憮然とした表情のまま言われ、守狐は苦笑する。
途端。
「そんなこたぁないっ!」
妙に強く、否定の言葉を吐き出した屏風のぞきに、仁吉が一瞬、怪訝そうに眉根を寄せる。
突然の大声に、一太郎も僅か、驚いた様に目を見開く。
仁吉を睨みつける目元、微かに朱に染まっているのを見つけて。
その真意を知っている、守狐だけが、くつくつと、忍び笑いを漏らしていた―。