未だ冷たいけれど、それでもどこかに、春の暖かさを孕んだ日差しが、磨き上げられたと廊下を照らす。
 今日という日の象徴とも呼べる物が入った鉢を片手に、佐助は離れへと急いだ。

「若だんな、豆をもらってきましたよ」
 縁側で鳴家たちと寛いでいる所へ、不意に声を掛けられ視線を上げると、佐助が鉢を片手に立っていた。
 あぁそう言えば今日は節分だったと思い出せば、横で茶を入れていた仁吉がにやりと口角を吊り上げる。
「鬼は外、福は内。この際小うるさい小鬼と付喪神を追い出しましょう」
 その言葉に、屏風の中からじろりと飛んでくる剣呑な視線。
「若だんな、われらを追い出すんですか」
「われらは悪い鬼じゃありません」
 きゅわきゅわと情けない声を上げて膝に上ってきて訴える鳴家の頭を、苦笑しながら撫でてやる。
「そんなことしないよ。・・・仁吉や、そんなこと言うもんじゃないよ」
 窘められても、仁吉はにやりと笑うばかりで己の言葉を省みる気配すらない。
 内心で溜息をつきつつ、同じように苦笑する佐助から受け取った鉢を縁側に置く。
 早速中を覗き込んだ鳴家たちが、また情けない声を上げた。
「若だんな、この豆飛礫でわれらを追い出すのですか?」 
「違うったら。今日は豆まきなんかやらないよ」
 言いながら、己の歳の数と同じ分の豆を、ひょいひょいと摘み、鳴家たちに見せてやる。
「こうやってね、自分の歳の数の分だけ取って食べるんだよ。…屏風のぞきも出ておいでな。
一緒に食べよう?」
 一太郎の呼びかけに、仁吉に剣呑な目を向けたまま、それでも皆が集まっていれば気になるのか、
屏風のぞきはのそりと抜け出てきた。
 皆で鉢を取り囲む。
 暖かい午後の日を受けながら一太郎ははたと、皆の様子に気付く。
 皆一様に小首を傾げて、鉢に手をつけようとしない。
「どうしたんだい?砂糖がまぶしてあるから甘くておいしいよ」
 皆と同じように小首を傾げて尋ねると、屏風のぞきが口を開いた。
「歳の数だろう?…あたしゃいくつだっけね・・・?百とちょっとなのは確かなんだが・・・」
「われはいくつだったっけ?」
 きゅわきゅわと短い手指を折って数える鳴家たちも、皆一様に眉根を寄せて考え込む。
 手代二人も、お互い顔を見合わせて首を傾げていた。
「仁吉、お前自分がいくつか覚えてるかい?」
「そんなの覚えてるわけ無いだろう。二百を過ぎたら数えるのなんて馬鹿らしくなってやめちまったよ」
 その言葉に、『一応二百歳まではちゃんと数えてたんだ』と、妙なところに感心しつつ、
一太郎は改めて自分の周りの妖たちの奇異さを思い知る。
 ここにいる皆の歳を全部合わせたら、とても鉢の中の豆は足りはしないだろう。
 一太郎はまた、苦笑を一つ漏らして、口を開く。
「歳の数にこだわってたら、豆がいくつあっても足りないね。もう皆が食べたいだけ食べれば、
それで良しとしようじゃないか」
 一太郎の言葉が終わるか終わらぬかの内に、鳴家たちがさっと手を伸ばす。
 きゅわきゅわと群がるそれを指で弾きながら、屏風のぞきが豆を摘んでは器用にその口に放り込む。
 その器用な技を見た鳴家たちが、真似をし始めるが、そう巧く行く筈も無く、顔に当たった豆が、
ころころと廊下に転がった。
「こら、廊下を汚すんじゃないよ」
 佐助に窘められ、大人しくなったのは寸の間で、直ぐにまた豆で遊び始める。
「お前たち本当に追い出されたいのかえ?」
 仁吉の一言に、ようやっと、鳴家たちが大人しくなった。
 そんな様子を、微笑みながら眺める。
 かりっと、口の中の豆を噛み砕くと、舌で溶ける甘い砂糖。
 かりかりと、皆で豆を摘みながら、ふと、言い忘れていたことを思い出す。
「そうそう節分はね、一年の無病息災を願うんだよ」
「じゃあ若だんなには欠かせないね」
「われら皆で祈りまする」
 屏風のぞきと鳴家たちに口々に言われ、思わず、笑いが零れる。


「若だんなが健康になりますように」

「皆が息災でありますように」


 皆の願いを、柔らかな如月の日差しが受け止めた―。