傘を打つ雨音が煩い。
 こんな天気だからか、行き交う人も少なく、疎ら。
 出稽古の後の、心地よい疲労で重い体を引き摺りながら、泥が裾にはね、汚れるのも気にせず、ただ歩く。

「あ…」

 隣で勝太が小さく声を上げ、立ち止まる。
 その視線の先、何事かと視線をやって、歳三も小さく、声を上げた。
 ぬかるんだ畦道の、ちょうど真ん中。
 それはただ静かに横たわっていた。
 ぼろぼろに乱れた濡れた羽には艶は無く。
 不自然に折れ曲がった首は動くことは無く。
 乾いた眼窩はただ静かに、冷たい雫を湛えていた。
 その小さな腹は、泥に汚れて。

「トシ…?」

 怪訝そうな勝太の声を背に聞きながら、歳三はその小さな亡骸を拾い上げる。
 そこには何の、躊躇もなくて。
 手の中の小鳥は、小さく、軽く、そして、冷たかった。

「埋めてやるか」

 傍らに立った勝太の、微笑混じりの言葉に促され、歳三はそのまだ細く白い首を、小さく、縦に振った―。



「悪いなかっちゃん…付き合わせて」

 すまなそうな声に顔を上げると、眉尻を下げる歳三と目が合った。
 
「トシが謝るなんて珍しいな」

 揶揄するように笑えば、歳三の口元にも、微か、笑みが浮かんだ。
 ざくざくと、手にした枝が土を掻く音と、木の葉を打つ雨音が、生まれては交じり合う。
 落ちてくる土を掻き出し、出てきた石を退け、丁寧に穴を広げていく。
 二人が選んだのは、小さな社の、隅の一角。
 大きな木が枝葉を茂らせるここならば、人も来ないし、雨にも濡れない。
 晴れの日には『仲間』も来るから寂しくはない。
 そう言って笑えば、歳三もつられたように笑っていた。

「もうそろそろ良いだろ」
「ん」

 勝太の言葉に頷いて、歳三がその白い手指に付いた泥を、胴着で無造作にはたくと、小鳥をそっと、掘った穴の中、横たえる。
 土を掛け、墓標代わりの小石を置くと、自然な動作で手を合わせた。
 祈るように目を閉じる歳三の傍ら、それに倣って勝太も目を閉じる。
 安らかな眠りが訪れるように―。

「……」

 そっと、目を開けて、思わず息を呑のむ。
 まだ手を合わせていた歳三の、その白い頬を伝うのは涙。
 ただ静かに、流されるそれに、勝太は言葉を失くす。
 それは、偽善でも何でもなくて。
 ただ、小さな死の為に流される。
 ただ、小さな死の為だけに。

「……」

 ひどく純粋なそれを、綺麗だと思った。 
 
「行こう」

 程なくして、そっと目を開け、立ち上がる歳三に頷いて、勝太も立ち上がる。
 さりげなく涙を拭う歳三に、気付かぬふりをしてやりながら、その口の端、浮かぶのは微笑。 
 
「トシ…っ」

 振り返る顔に向けるのは笑い顔。

「お前良い奴だなぁ」
 
 ぐしゃりと、微かに濡れた黒髪を掻き乱せば、強く振り払われる。

「はぁ?かっちゃん打たれすぎたんじゃねぇ?」
「俺ぁ一度も食らっちゃいねぇよ」

 訳が分からぬといったように睨み付けてくる歳三に笑って、先を追い越す。
 傘を打つ雨音は、何時の間にかひどく弱々しいものになっていて。
 傘を外し、空仰ぐ。

「雨、止むな」
「あ?あぁ」

 遠い空の端、微かに光が差し込む。
 ぬかるんだ畦道、出稽古の後の、心地よい疲労で重い体を引き摺りながら、泥が裾にはね、汚れるのも気にせず、並んで歩く。
 二人の口元、浮かんだ微笑は、ひどく穏やかだった―。