随分と高い位置にある、日の光が眩しい。
黄色く見えていないだけましかと、自嘲めいた笑みを浮かべながら。
土方はそっと、木戸を潜る。
「歳さん!」
背中から掛かる叱責に、つい、肩を竦ませてしまうのは、詰るその調子が何処か、実の姉たちに似ているからかもしれないと、密かに思う。
近づいてくる足音が、荒い。
「白粉の匂いをさせたまま、道場に来るのはやめろと言ったろうっ?」
周り、特に、最年少の宗次郎の耳を憚ってか。
己の腕を掴み、小声で睨みあげてくる源三郎の、その小作りな顔は怒りに眉が逆立っていて。
軽く笑って、手を合わせる。
「いや、悪い。悪いついでに源さん、何か食わせてくれ」
途端、源三郎の手が、突き放すように腕から離れる。
呆れた様な視線で見上げてくるのに、悪びれなく笑えば、そのまま、くるりと踵を返されて。
「朝の残りでいいのなら」
「恩に着る」
怒ったような声音だけれど。
それでも、腹を空かせた自分のために、食事の支度をしてくれる源三郎に、やはり、姉たちのようだと、土方は思った。
「はい、どうぞ好きなだけ」
程なくして。
白飯と共に差し出されたのは、己も好んでいる、源三郎手製の沢庵。
質し。
「わあ凄い。全部繋がってる」
大根丸一本。
全て皮一枚で繋げられていて。
その包丁捌きは、戯れに覗き込んできた宗次郎が、思わず感嘆の声を上げるほど。
「源さん…あの…」
「好きでしょうが。沢庵」
声音は柔らかいけれど。
有無を言わせぬ物言いに、食客部屋の空気が、冷える。
開け放たれた障子から差し込む、真昼の光が何処か遠い。
「そうだけどよ。これは…」
「遠慮なく食べればいい。全部」
にいこりと。
可愛らしいと、言えば本人は怒るが、誰もが思うその顔に、花が綻ぶ様な笑みを浮かべて。
ぴしゃり、荒く障子を閉めて出て行ってしまう。
「あーあ。土方さんってば、あの源さんを怒らせてしまうんだものなあ」
幼い声に呆れた様に言われ、土方の眉間に苛立たしげに皺が寄る。
「宗次郎!ろくでなしな歳さんに構ってないで、道場へ行きなさい!稽古の途中だろう」
「はあい。…土方さん、早く謝った方が良いですよ」
廊下を道場歩きながら響いた怒声に、行儀良く返事をして。
ぱたぱたと、掛けて行く幼い後姿が恨めしい。
「全く、どうして君は懲りないのかな」
呆れた様に笑いながら。
出て行った宗次郎と、入れ替わりに入ってきた山南に苦笑され、土方は不貞腐れた様にそっぽを向く。
かりと、食いちぎれば、だらり、箸に下がる大根が重い。
「源さんだって君の事を心配してるんだよ」
「…心配してるのはあのガキの事だろうよ」
言って、随分と大人気ない言葉になってしまったと、内心、舌を打つ。
これではまるで、己が拗ねているようではないか。
案の定、山南が驚いた様に目を見開いた後、まるで駄々子に向けるのと同じ色の笑みを浮かべた。
「そう拗ねるな。そうじゃない事は分かってるくせに…源さんもこのままじゃあ引っ込みがつかないだろうから、行って謝っておいで」
「そうすれば、夕餉からはまともな沢庵が出てくるさ」と、続けられた言葉に、不承不承、箸を置く。
毎回、連結沢庵を食わされるのは、流石に厭だ。
「仕方ねぇな…」
「えらいえらい」
まるで子供に、それこそ、宗次郎にするように、頭を撫でてこようとする山南の手を、乱暴に振り払って。
土方は勢い良く、食客部屋の障子を開け放つ。
「源さん!」
丁度稽古の休みに入ったところだったのか。
井戸で顔を洗っていた源三郎が、顔を上げる。
己の姿を認めた途端浮かべた、作ったような恐い顔。
本当はもう、怒ってはいないのだろう。
やはり、姉たちのようだと、土方は思った。
「源さんって、みつ姉さんに似てるなあ…」
謝罪の言葉を口にする土方と、それを厳しい表情を浮かべつつ、受け入れる源三郎と。
大人二人を遠巻きに見つめながら、ぽつり、零した宗次郎に、山南が小さく、苦笑を零した。