夕暮れの川べり。
 不意に響いた猥雑な笑い声に、土方は顔を上げる。
 見れば見るからに品行の宜しく無さそうな浪人風の男たちが4人。
 大声で何事か言い合いながら、此方にやってくる。

「…質の悪そうな連中だな」
「歳さん、聞こえる」

 傍らを歩く源三郎に、窘めるように袖を引かれて。
 別段、此方から喧嘩を売るつもりも無いので、大人しく口を噤む。
 白く乾いた道が、橙色に染まって。 
 伸びた、二人の影が、浪人たちの足元に差しかかったとき。

「へえ、随分な別嬪さんじゃねえか」

 そのうちの一人が、揶揄するように、声を掛けてきて。
 土方はついと、片眉を引き上げる。

「剣術小町ってか?勇ましいな」
「竹刀より、もっと良いもの握ったほうが似合うぜ」

 下卑た笑い声に、自然、眉間に皺が寄る。
 きゅっと、強く袖を引かれて。
 視線を落とせば、眉根を寄せた源三郎が、強張った顔で訴えるように首を振る。
 もう、すぐそこが試衛館だ。
 余計な揉め事は起こすなと、その眼は言っていた。
 その様を、どう取ったのか4人組の笑みが、一層、深くなる。
 
「そんな優男放っておいて、俺達と手合わせしないか?」

 言いながら、男の手が、源三郎の白く細い手首を掴む。
 源三郎は一瞬、きょとんと大きな瞳を見開いたけれど。
 次の瞬間には、その頬は怒りに赤く染まって。

「ざけるんじゃねえやっ!!」

 荒く、叫んだ時には、男の手を振り払って、木刀を抜いていた。
 それは、ほんの瞬きする間。

(あーあ。全員伸しちまいやがった)

 俺の出番無しじゃねえかよと、内心で毒づきながら。
 伸びる浪人たちには見向きもせず、華奢な肩から未だ収まらぬらしい怒りを滲ませて歩き出す源三郎の後を追う。
 出稽古に付き合った帰りだから、家伝の薬ももってはおらず、売りつけることができない。
 
(良い事無しだ)

 腰の物を抜く間も与えられなかった男たちに、ほんの少し同情しながら。
 まだ赤い頬の源三郎の横顔を、ちらり、盗み見る。

(大抵、この形に騙されるんだよな)

 自分も、あまり人の事を言えた立場ではないけれど。
 興奮に上気し、色づいた頬はどこか艶やかで。
 長く、ぱっちりと上を向いた睫毛がさらに、大きな目を印象付ける。
 小さめの鼻に、ふっくらとした唇。
 そのどれをとっても、「女子のような愛らしさ」としか言いようが無い。
 
(というより…)

 先の連中は、完全に「愛らしい女子」だと、思って声を掛けて来たに違いない。
 土方に向けられた言葉だと思い込んだらしい源三郎が、騒ぎを起こさぬようにと、袖を引いて諌めたその様が、不安げに瞳を揺らし、連れの優男に縋る、か弱い女子に見えたのだろう。

「くそ…!腹の立つ…」 
(ま、実際はこれだからな)

 非凡な連中に囲まれている所為で、埋もれがちだけれど。
 源三郎も、並みの剣客に比べれば十二分に強い。

「源さん」
「ああ?」
「連中、顔覚えてるんじゃないか?」

 暗に、道場まで報復にやって来て、近藤に迷惑がかかるようなことになったらどうすると詰る。
 出番を与えてもらえなかった腹いせだ。

「歳さんがやったことにすれば、俺はお咎め無しだ」

 外見とは裏腹。良い性格してやがると、先を歩く細い背に、土方は見えぬように舌を出した。