水滴が、誇りで白く濁った窓ガラスの上を、止め処なく流れていく。
ベッドヘッドの上に置かれた小瓶を手に取り、蓋を捻るとザラザラと中身を口腔内に流し込む。
味のないそれを噛み砕きながら、もうすぐ来るだろう浮遊感を期待する。
と、不意に部屋のドアが開かれて、一瞬、部屋に雨音が強く響いた。
荒々しく開かれたドアは、すぐに荒々しく閉められて、外の音と匂いを遮断した。
「ドアは優しくしてって言ってるじゃない」
言葉とは裏腹に、そこに責める気配は無い。
「ごめん…」
「うん、いいよ」
そっと、濡れた髪をかき上げてやる。
水滴が、シーツを濡らす。
「おかえり」
軽く抱きしめて、耳元で囁く。
「ただいま」
背中に回される、濡れた腕に、存在を感じる。
肌に張り付いてくる服の感触も、不快とは思わない。
「またこんなに飲んで…飲みすぎはダメだって言っただろう?」
ああしまったと思っても、もう遅い。
カミの指はベッドに転がったままだった小瓶を捕らえていた。
「いいじゃない…自分だって同じぐらい飲んでるでしょう?」
カミの目が、困ったような微笑を浮かべる。
それはカズの言ったことが事実だということを表しているから。
この世界で生きていくには、そうでもしないと気が狂って死んでしまう。
それはお互い、痛いほどによく解っていた。
「今日は何人ヤッたの?」
「5人。カミは何人?」
「7人。これでしばらく何とかなるかな…」
呟く瞳に表情は無い。
それはカズも同じだった。
穢れた仕事の話をするのに、感情はいらない。
感情なんて持ち合わせていたら、きっと狂ってしまうから。
だから少年たちは、小瓶の中の白い薬を貪り食らう。
生きていくために。
「ねぇ…汚くない?汚れてない?」
必死に腕を伸ばして、縋る。
二の腕の内側に、行為を示す、赤い鬱血の後が一瞬、視界を掠めた。
「大丈夫。綺麗だよ。綺麗だから…」
何度も何度も、宥める様に囁き続ける。
「俺は?血の跡は付いてない?汚くない?汚れてない?」
「大丈夫だよ。みんな雨が流してくれてる。大丈夫。カミは綺麗…」
カミが必要以上に雨に濡れて帰ってきたのは、きっと7人分の汚れた血を洗い流すため。
カズが必要以上にシャワーを浴びたのは5人分の汚れた男たちの残滓を洗い流すため。
こうしないと子供の自分達は生きていけないから。
身体を包む浮遊感。
寝ているのか立っているのか、自分が何処にいるのかすら、解らなくなる。
天井が、ゆっくりと回りだす。
何も感じない。
現実感なんて何処にも無い。
只実感できるのは、お互いの体温だけ。
「ずっと一緒だから…」
「ずっと一緒にいるから…」
抱き合った箇所から流れ込んで来る体温に、このまま溶け合えるような気さえしてくる。
濡れた服のまま、眠りに付く。
互いに抱き合ったまま、眠りに付く。
お互いの体温を感じて
真っ白な薬に
狭間の夢を見る。
そうしないと、この世界では生きて行けないから――。
止まない雨が、終わらない夜をまた一つ塗りつぶしていった―。
END