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「やりすぎですよ」

 呆れたような一太郎の言葉に、守狐は小さく笑う。

「まぁ邪魔立てする気は無いですがね。ちょっと揶揄ってやりたくなるじゃあないですか」 

 言いながら、思い出すのは先程の、恐ろしい目で己を見下ろす仁吉。
 また随分怒らせてしまったと、内心、漏れる苦笑。
 本当に、邪魔立てする気は無い。
 揶揄する気も無かったけれど、昔のように寄り添って昼寝をしていて、その寝顔に、不意に悪戯心が湧いてしまったのだ。

「人の恋路の邪魔立てばかりしてると、牛に蹴られて死じまいますよ」

 夕餉の膳を整えながら言う佐助の言葉に、「馬だろう?」と、一太郎が疑問符を浮かべる。
 日も暮れ、夏の終わりを感じさせる涼やかな風が、心地良い。

「牛ね…蹴られて死ぬならまだ良い方だ」

 脳裏に、白い神獣がちらと掠める。
 あれなら、蹴り殺すでは生ぬるいと、嬲り殺すぐらいはやってくれるだろう。
 
「それは嫌だねぇ…」
「何の話だい?」

 会話が読めぬ一太郎の声に、佐助と二人、交わすのは笑い。
 もうすぐ、仁吉も戻ってくるだろう。
 それまで自分がいたら、きっと不機嫌そうに顔を顰めるに違いない。

「さて…そろそろ帰るかね…」

 腰を上げる守狐に、一太郎が夕餉を食べていかないのかと、引き止めてくれる。
 それにゆるく首を振って、視線で、手代部屋を示す。

「これ以上仁吉さんの神経を逆撫でしないほうがいいだろう?」

 「夕餉ならおたえのところにたかりにいくさ」と笑えば、一太郎も困ったように笑い返して。
 後ろ手に障子を閉め、部屋を辞す。
 もう、虫の音が響き始めていて。
 夏も終わりかと、何気なく視線を手代部屋にやれば、ご丁寧に結界が張られていて。
 思わず、苦笑が零れた。

「まぁね。大事にしてくれるんならそれでいいさ」

 小さな呟きを残して、守狐の白い姿が、闇に消えた―。