※一松:酔夜の続きネタです。




「ん……」

 鼻に掛かった吐息が、耳を掠めて。
 思わず、身を竦めるのも、何度目か分からない。
 松之助は一向に、離してくれる気配は無くて。
 とりあえず、もう一杯水でも勧めようかと、そっと、その腕を解いて立ち上がろうとした時。

「どこにいくの?」

 不意に、袖を引かれて。
 驚いて振り返れば、どこか不安げに揺れる瞳と、目が合った。

「どこって…、水を…」

 まだ、立ち上がりもしていない。
 半端に腰を浮かせたまま、常に無い様子の松之助に、ただ、眼を見開く。

「いちたろう…」

 くいくいと、まるで幼子が縋りつくように袖を引かれて。
 松之助の手がとんとんと、畳を叩く。
 座れと、言いたいのだろう。
 一太郎は驚きに目を見開いたまま、すとんと、促されるままに座り込む。
 
「行かないで…」

 途端、ぎゅうと、抱きすくめられる。
 一太郎の肩に、顔を埋めて。
 擦り寄るような、仕草を見せるのに、とくり、胸が鳴る。 
 どこか縋るようなその様に、そう言えば松之助はずっと、一人ぼっちだったんだと思い出す。
 
「そばにいて…」

 本当に本当に、貴重すぎるその姿に、言葉に、思わず、口元が緩む。
 そうっと、安心させるように、髪を梳いて。

「大丈夫。私は兄さんの傍にいるよ。ずうっと一緒だよ」

 あやす様に囁けば、顔を上げた松之助と、視線が絡む。

「うん」

 ふうわり。
 ひどく幸福そうに笑う瞳は、とろり、酒気に潤んでいて。
 どくり、胸が鳴る。

「ずうっと、一緒にいておくれね…」
 
 ふうわり、鼻腔を掠めるのは甘い酒気。
 甘い声音で向けられるのは、愛しげな微笑。
 嗚呼本当に本当に、素面でもこれくらい言ってくれたらと、きつく抱きすくめられたまま、一太郎はただ、天井を仰いだ。