さくらの はなが ちって、みずみずしい、はっぱが みどりいろの かげをつくるころ。
 4月から、いちねんせいになった、松之助くんは、幼稚園の前で、一太郎くんとおわかれします。

「兄たん…」
 
 さくらの はなが 咲いていたころは、一太郎くんは毎朝大泣き。
 送りに来てくれた松之助くんのお洋服をつかんで、絶対にはなさなかったのです。
 最近はやっと、おめめにいっぱい、涙をためているけれど。
 松之助くんに、いってらっしゃいが、言えるようになりました。
 一太郎君も、せいちょうしています。

「ぎゅって、して?」

 お洋服のすそをつかんで。
 おめめにいっぱい涙をためて、見あげてくる一太郎君を、松之助くんは、しゃがみ込んで、おんなじ目線になると、いっぱい、ぎゅっとしてあげます。
 一太郎君も、松之助くんのお首に、しっかり、しがみついて。
 いっぱい、いっぱい、ぎゅっとします。
 いっぱい、いっぱい、ぎゅっとして。
 今日の一日分の、だいすきを、こころのなかに、ため込んでおくのです。

「いってらっしゃい…」

 ちゅっと、音を立てて。
 一太郎くんは、松之助くんのぽっぺたに、ちゅうをします。 
 
「いってきます。またゆうがた、迎えに来るからね」

 そう言って、松之助くんも、ちゅっと、音を立てて。
 一太郎くんのほっぺたに、ちゅうのお返しをします。
 いっぱい、いっぱい、だいすきを、かえっこするためです。
 一太郎くんが、さびしくないように。
 松之助くんが、心配しないように。

「うん…」

 ふわふわと、松之助くんに、あたまを撫でられて。
 一太郎くんはやぁっと、松之助くんのお洋服のすそを、離すことができます。

「いってらっしゃい!」
「いってきまぁす!」

 佐助先生に抱っこされて、見送る一太郎君に手を振って。
 松之助くんは、お隣にある小学校へ急ぎます。
 
 おおきなおおきな、さくらの木の。
 みずみずしい みどりいろのはっぱが、やさしくやさしく、ゆれていました。