ほこほこと温かな風呂上り。
 足の裏から伝う冷気に、足早に廊下を行き過ぎようとしたとき。
 耳に届いた、馴染んだ声に、足を止める。
 小首を傾げながら向けた視線の先。
 閉じられた襖の隙間、確かに灯りが、零れていた。

「兄さん…?」

 そっと、襖に手を掛けながら声を掛けると、先程までの笑いをそのまま残した顔が、振り返る。

「あぁ若だんな…今風呂上りですか?」
「うん。お先に頂いたよ。…何を話してたの?」

 何かを片付けていた佐助と、松之助が一瞬、視線を交わして。
 二人同時に、笑みを含む。

「内緒、です」

 悪戯を仕掛けるように、人差し指を立てて。
 松之助が、笑う。

「え…」

 目を見開く一太郎の目の前で。
 二人はもう一度、笑みを交し合う。
 それはひどく、楽しそうで。
 
「じゃあ、あたしらもさっさと入っちまいましょう」
「はい」

 はじき出された形の一太郎はただ、目を見開くだけ。
 常に無い状況に、どうしても、機嫌が傾くのが、分かる。
 
「ちゃんと温かくしなくちゃ駄目ですよ」
「あ、うん」

 羽織の前を、手早く合わせてくれながら。
 松之助は、佐助と二人、廊下を渡って行ってしまう。
 
「…仁吉」
「あたしは何もしてませんよ」

 廊下に二人、取り残されて。
 疎外感に、恨めしく睨み上げれば、片眉を引き上げた仁吉に、先手を打たれてしまい、一層、悔しい。
 
「もう知らないっ」

 ぶうっと、頬を膨らませて。
 何事か言いかけた仁吉を置いて、さっさと寝間へと戻る。
 思い出すのは、先程の松之助の、一瞬覗いた、楽しげな横顔。

「……何だったんだろ…」

 火鉢に温められた部屋の中。
 寂しさ混じりに呟く声に、応える声は、無かった。