「…佐助さん」
「はい?」

 振り返った途端。
 ふわり、掛けられたのは松之助の羽織。

「湯に浸かられてないでしょう?冷えてしまいますよ」

 心配げに寄せられた眉根に、思わず、漏らすのは苦笑。
 自分は人のみとは違うから、こんなことで体調がどうこうなることはないけれど。
 真逆、そんなことを言う訳にもいかず、苦笑いで、羽織を返そうと、手を掛ける。

「あたしは身体が丈夫だから…」

 その手を、そっと押さえられ、遮られてしまう。

「いけません。佐助さんに風邪を引かれたら、皆が困ります」

 それは決して強い力ではないけれど。
 強い口調で言う、その顔は真剣そのもので。
 無碍に跳ね除けることが、できない。

「でも、あたしのじゃあ、小さいかもしれませんが」

 言いながら、はにかむ様に笑う様に佐助の目元も、和む。
 
「じゃあ、お借りしますけど…。松之助さんも、風邪など引かないようにしてくださいよ」
「はい」

 嬉しそうに頷くのに、自然、笑みが零れる。
 つい、右手がそのまだ濡れる髪を、くしゃり、撫でてしまう。
 途端に、戸惑うように見上げてくるのに、苦笑交じりに詫びの言葉を口にすれば、困った様に笑うから。

「行きましょうか。…若だんなも待ってるでしょう」

 背を押して促せば、さっと、松之助の頬に、湯上りのそれとは違う、朱が走る。

「あ、…はい…」

 頷いて、歩き出すけれど。
 俯いてしまうその横顔に映るのは気恥ずかしさ。
 その様に、小さく、笑みを零しながら。
 冷えた廊下を、二人、急いだ。