「若だんな…?まだ起きていますか?」
そっと、控えめに掛けられる声に、弾かれた様に、顔を上げる。
一太郎の、先程のことに関する愚痴めいた言葉を、延々と聞いていた屏風のぞきも、そっと、本体を移した隣の間に、消えていく。
仁吉に強引に布団に放り込まれてしまったから。
そのままの姿勢で屏風のぞきと話しをしていた一太郎は、慌てて、身を起こす。
「うん。起きてるよ」
「失礼しますよ」
一瞬、冷気が流れ込んできて。
入ってきた松之助に、知らず、笑みが零れる。
はにかむように笑って、応えてくれるその手を引いて。
ふかりとした己の布団の上に、招く。
「ね、さっきは何をしてたの?」
兄や二人のあの部屋に。
佐助が人を入れるなんぞ、例がない。
一体何をしていたのだろうと、先程の楽しそうな横顔を思い出せば、焦れるような思いがする。
「知りたいですか?」
珍しく、笑い顔で、少し揶揄する様に。
覗きこんでくる松之助に、僅かに目を見開きながら。
頷けば、小さく、笑みを零して。
「佐助さんにね、若だんなが小さいころ描かれた絵を、見せてもらってたんです」
一太郎が大好きなものを、たくさん詰め込んだその絵は、ひどく心を和ませるものだったと、松之助は言う。
一太郎自身はもう、覚えてもいないようなことなのに。
少し、気恥ずかしい。
「そ、そんなの佐助取ってたんだ」
「仁吉さんも取ってらっしゃるみたいですよ」
「ふふっ」と、笑う松之助は、ひどく嬉しそうで。
つられて、一太郎も、照れたように、笑う。
「私は、一太郎の小さな頃を知らないから…」
だから、知れるのはひどく嬉しいのだと、松之助は少し恥ずかしそうに、笑う。
そこには一太郎への想いが、溢れていて。
とくり、胸が鳴った。
「兄さん…」
思わず、つないだ手指に、力が篭る。
顔を上げた松之助と、視線が絡む。
気恥ずかしそうに、僅か、松之助が目を伏せて。
はにかむような笑みを含んだ、その唇に。
一太郎はそっと、口付けた。