他愛も無い会話の狭間。
 ふ、と、沈黙が落ちて。
 何気なく、視線が絡む。

「………」

 何事か、言いかけた一太郎が、不意に、微笑して。
 寄せられた唇が、松之助の唇に、触れる。

「……、…っ」

 幾度も、交わした行為だというのに。
 まだ、慣れない。
 気恥ずかしさに、思わず俯いてしまえば、ふ、と、空気が揺れた。

「………?」

 顔を上げると、ゆるく、苦笑する一太郎がいて。
 
「ごめんね。なんだか、触れたくなってしまって」
「あ、うん…」
 
 なんて間が抜けた応えなんだろうと、己でも思う。
 再び、視線を落としてしまえば、不意に伸びてきた指先が、頬に触れる。
 促されるように顔を上げれば、何処か哀しげに微笑う一太郎がいて。
 思わず、どこか具合が悪いのかと、眉根を寄せる。

「一太郎?どうし…」
「違うのにね」

 唐突な言葉に、怪訝に、小首を傾げる。
 頬から首筋へと滑る手が、縋りつくように、松之助を抱き込む。

「私と、兄さんの「すき」は、違うのにね」

 「ごめんね」と、続く言葉に、ずきり、胸が痛い。
 戸惑うばかりの己は、何より大切な存在を、傷つけていたのか。

「違う…違うよ」
「うん。…ありがとう。兄さんは優しいね」

 否定の言葉を連ねても、頷き、肯定の言葉を吐き出すくせに、その顔に浮かべた笑みは哀しげなままで。
 もどかしさに、知らず、手指を握りこむ。
 確かに想いを告げられたその時は。
 拒めば一太郎を失ってしまいそうで怖かったから。
 その想いが持つ、意味の違いに気付いていたけれど、受け入れてしまった。
 兄弟の情しか、持ってなかったと言うのに。
 一太郎を失いたくなかったから。
 己の執着が、どれ程残酷なことを招くかなど、分からなかった。
 
「違う。…一太郎、違う」
「兄さん?」

 けれど、今は。
 一太郎が己を想うより強く、一太郎を愛しく想ってる自分に、気付いてしまったから。
 いつの間にか、兄弟の情以上の想いを、抱いていることに、気付いてしまったから。
 告げなければと、想う。
 知って欲しい。
 こんなにも、相想いなのに。
 否定されるのは、余りに苦しい。

「すき」
「うん。ありがとう」
「あたしの方が、一太郎よりずっと、すき」
「え…?」

 驚いた様に、目を見開く一太郎を、引き寄せて。
 そっと、己から口付ける。
 触れるだけのそれから、自ら、舌を差し入れて。
 不器用に触れれば、絡めとられて、きつく吸われて息が上がる。
 きゅっと、閉じた瞼が、震えていた。

「いつまでも…同じと思わないどくれ…」

 淫猥な水音を立てて、離れた唇。
 目元が、頬が、ひどく熱い。
 震える吐息のまま、小さく呟けば、きつくきつく、抱きすくめられて。

「うん。ありがとう…」

 応える、一太郎の声も、泣き出しそうなほどに、震えていた。