「おやまぁ…」

 思わず、呟いていた。
 聞こえたのか、ぴくり、耳が動いて。
 犬神が、顔を上げる。
 
『こんにちは』

 唇の動きだけで、そう告げて。
 ふうわり、欄干を飛び越える。
 少し慌てたように、膝の上の顔を起こそうとするのを、軽く制して。
 無遠慮に、穏やかな寝息を立てる、白い顔を覗き込む。

―まぁまぁ珍しいもんだねぇ…―

 それなりに長い付き合いだと、自負しているが。
 此処まで、無防備な様を見たのは初めてかも、知れない。
 犬神の手が、ひどく慣れた仕草で、白銀の髪を、梳く。

「真逆いつも、やってるんですか…?」
「…え…?」

 問い掛ければ、逆に不思議そうに小首を傾げられてしまった。
 成る程、いつもの事らしいと、一人勝手に納得し、これは随分重症だと、また、白い顔を覗き込んだ時。
 白銀の長い睫の間から、琥珀色の双眸がはっきりと、守狐を捉えた。

「おはようございます」

 にいこりと、人好きのする笑みで言ってやれば、白沢の眉間に、ぐっと皺が寄る。
 どこかばつが悪そうに、ゆっくりと身を起こす白沢に、守狐が面白そうに、笑う。

「何の用です」

 うっとうしそうに髪をかきあげながら。
 態と、不機嫌そうに零される言葉に、守狐の口角が釣り上がる。

「耳、赤いですよ」

 揶揄するように言えば、無言で突き出された拳をひょいと躱して。
 色恋に対する揶揄の、躱し方すら知らぬ、その様に。
 守狐が声を立てて、笑った。