「何だい。嬉しそうだね」
部屋に入ってきた途端。
投げかけられた怪訝そうな言葉通り、ひどく嬉しそうに、口元に笑みを浮かべて。
佐助は大事そうに、手の中の紙切れを指で撫でる。
「恋文をね。貰ったんだよ」
幸福そうな笑い顔で告げられた言葉に、仁吉の眉が、跳ね上がる。
「誰から、いつ」
低い声音に問い質してくるのに、佐助は軽く声を立てて笑いながら、手の中の種を、明かしてやる。
「昼間、坊ちゃんから」
「は?」
疑問に間が抜けた声を上げながら。
差し出された紙を、受け取る。
そこには大きな何となく人とわかる、曲線の組み合わせと、何がなんだか分からない曲線が、色とりどりの絵の具で描かれていた。
「何だいこれ。狒狒かい?」
仁吉の問いに、佐助が呆れたように眉を顰めて。
手渡したばかりの紙を、奪い取る。
「何で六つの子が狒狒を知ってるんだい。…この緑色が…」
言いながら佐助の指が、紙の真ん中。
一際大きく描かれた、人らしき曲線を、指し示す。
「あたしだよ」
「……これが?」
丸の中に大きな口を開けて。
笑っているようにも、見える。
「そう。上手だろう?」
「………」
言われてみれば、確かに、六つの子が描くには、細やかな部分まで描かれており、上手い。
「で、こっちの赤いのが、坊ちゃんのびいどろ玉。こっちの黄色いのは、大福」
佐助を囲むのは、みんな、一太郎が大事にしているもの、大好きなものばかり。
「これはねぇ、坊ちゃんのだいすきが、いぃっぱい、詰まったものなんだよ。…嬉しいよねぇ…」
嬉しそうに、愛おしそうに。
見つめる紙の、一太郎のだいすきが詰まった絵の、真ん中には佐助だけ。
「………」
「仁吉?」
不意に、黙り込んだ仁吉に気付いたのか、佐助が怪訝そうに、覗き込む。
「どうしたんだい?」
「……別に」
返す声は、随分と沈んで聞こえた。
さて、どうしたんだと、小首を傾げて暫し。
佐助は小さく、笑みを零した。
「明日はお前を描くって、言ってたよ」
その言葉に、仁吉の顔が、弾かれたように上がる。
「…へ、ぇ…そりゃ、楽しみだね」
平然とした風を装っていたけれど。
翌日、一太郎のだいすきが、たくさん詰まった紙を貰ったその口元は。
何より嬉しそうに綻んでいた。
二人の兄やの部屋の壁。
今でも、二枚の恋文が、貼られていた。