ふっと、己の内に篭る熱で、目が覚める。
 ぼんやりと熱い意識の中、最初に飛び込んできた音は、自分自身の、苦しげな呼吸音。
 乾ききった唇から漏れるそれは、ひどく熱を孕んでいるのが、自分でも分かる。
 背が、腰が、節々が軋む様に痛い。
 覚醒した途端、身を襲うそれに、思わず、眉を顰めた。

―このまま死ぬんじゃないだろうか―

 ふっと、そんな考えが頭をよぎる。
 それは今まで、幾度と無く浮かんだこと。
 
「死んだら…ずっと独りなんだろうね…」
 
 呟くそれは、乾いた喉では音にはならなかった。
 けれど、言いようの無い不安が、止め処無く溢れてくる。
 喉の奥が、病のそれでなく、痛む。
 つっと、涙が眦を伝い落ち、濡れた枕が不快感を伝えた。
 今まで幾度となく、湧いてきた不安に、また、囚われる。
 
―この程度で…―

 頭の片隅ではそう思っていても、一度湧いてきた昏い影は、そう簡単には消えはしない。

―いけないね…気が弱くなってるんだ―

 分かってはいても、涙は後から後から、眦を伝い落ちては染みを広げる。
 這い上がってくる、孤独感。
 自分はこのまま、誰一人として気付かれることなく、解けて消えてしまうんじゃないだろうか。
 そんな、根拠のない恐怖に、思考が絡め取られて動けない。
 そんなことはないと、分かってはいるのに、乾いた唇から漏れる吐息が、熱のそれでなく震えるのを止められない。

「…?」

 不意に、頬にひんやりとした感触が触れ、伝い、後になっているであろう涙を拭われる。

「大丈夫ですか?若だんな」
 
 上から降ってくる、ひどく心配げな声に、重い瞼を開く。
 病に弱った目には、昼間の、何のことはない光さえ、ひどく沁みる。
 それを察したのか、松之助の手が、両の目をそっと覆う。

「光が痛いでしょう?無理をなさらず」

 ひんやりとしたそれは、ひどく心地良かった。
 触れてきたときと同じようにそっと、離れていこうとする手を、咄嗟に、力の入らない手で遮り、握る。

「若だんな…?」

 怪訝そうな声はそれでも、握られた手を振りほどきはせず、きゅっと、優しく握り返してくれた。

「名前…呼んで…」

 掠れる声で、必死に紡ぐ。

「独りに…しな…で…」

 お願いだから名前を呼んで。
 存在を伝えて。
 独りにしないで。
 傍にいて。
 溢れる想いを、指先に込め、縋り付く。
 一瞬、ほんの微かに、松之助が驚いたように息を呑む気配がした後、柔らかい微笑が、空気を震わせた気がした。

「あたしはずっと、此処にいるよ」

 それは、ひどく優しく温かな声。

「あたしはずっと、一太郎の傍にいるよ」

 それは、求めて止まない声。

「一太郎」

 呼ばれる、その声に、昏い闇が、音もなく消えていくのが分かる。
 眦をまた、涙が伝う。
 けれど、松之助の手の下、流れ伝うその訳は、もう不安感でも、訳の分からぬ孤独感でもなくて。
 温かな優しい安堵感。
 流れ伝うそれは、今度は枕に染みを作る前に、そっと指先で拭われる。
 そのままそれは、汗で張り付く前髪を払い除けてくれた。
 ゆるく、髪を梳いてくる手が心地良い。
 
「大丈夫だから。あたしはずっと、一太郎の傍にいるから」

 穏やかで優しいその声に、ゆっくりと意識をゆだねていく。
 熱に浮かされた意識の中、重ねた手から流れ込んでくる体温に、このまま二人、溶けて一つになれるんじゃないだろうかとさえ、思う。

「一太郎の傍にいるから…」

 繰り返される言葉。

「だから…」

―安心してお休み―

 続く言葉に誘われる様に、一太郎はゆっくりと、穏やかで優しい闇の中、眠りの波へ、その意識を投げ打った―。