ひどく優しく、髪を梳いてくる手が、心地よい。

―懐かしい―…―

 ぼんやりとした、たゆたうような意識の中、思う。
 もう随分と昔、こんな風に撫でてくれた手があった。

―大師、様…―

 懐かしくて、温かな記憶。
  けれど、今、自分を撫でてくれるこの手とは、違う。
  犬神は、この手を知っている。
  それはいつの間にか、特別な意味を持ち始めていて。
  胸の奥が苦しくなるような。
  だけどとても、温かな熱を持った想い。
  耳の根本を擽る指先に、知らず、擦りよる。

「おや、起こしたかい?」

  ぼんやりとした視界の向こう。
  ひどく優しく、笑う琥珀色。
  つられ、犬神も、微笑う。
 優しい指先が、また、髪を梳く。
 それはいつの間にか、特別な意味を持ち始めていて。
  胸の奥が苦しくなるような。
  だけどとても、温かな熱を持った想い。
 この感情の名前を、犬神は知っている。
 
「すき」

  ぽつり。
  白銀の睫毛に縁取られた琥珀色を見上げながら。
  不意に、零したのはたった二文字。
  温かな熱を持った、少し、胸の奥が苦しくなるような。
 そんな、特別な感情。
 夢現の、温かな心地に、もう一度微笑して。
  犬神は再び、眼を閉じた。
 

  後に残された白沢の、琥珀色の瞳が大きく見開かれたまま、随分と長い間、固まっていたのを、犬神は知らない。