「―――っ」
 
 かろうじで、押し殺したのは悲鳴。
 己を眠りから呼び覚ました、恐怖ともいえる感覚が、今だ身体に纏わりつく。
 嫌な汗が、背筋を這う。
 闇の中、目を見開けば、ぼろりと、涙が零れた。
 ただの夢だと言い聞かせても、それは簡単には拭えなくて。
 傍らで聞こえる穏やかな寝息に、確かな体温に、思わず、身を摺り寄せていた。

「どうした…また夢を見たのかい?」

 起こしてしまったのか、目を閉じたまま、降ってくる声は、ひどく優しい。
 ふるりと、首を左右に打ち振る。
 その夢ではないと。
 過去の夢なら、過ぎたことと、もうここまでは怯えはしない。
 ぞくりと、思い出した夢の片鱗に、悪寒が走る。
 抱きこんでくれる腕に縋りつくようにして、そっと、白沢の、その形の良い唇を舌でなぞる。

「犬神…?」

 僅か、驚いたように目を見開いて己を覗き込んで来る白沢の、その首筋に顔を埋め、囁く。

「白沢が…欲しい…」

 耳に届いた己の声は、掠れていた。
 ほとんど無意識に零れた声を、耳で捕らえた途端、羞恥に、目元が熱くなる。
 それでも、その存在を、もっと強く、確かめたかった。
 裡に染み付いた恐怖を、拭いたかった。

「……」
 
 白沢が、何か言いたげに、自分を見つめている気配が伝わってくる。
 けれど、降って来たのは、優しげな微笑と口付け。
 軽く触れるだけのそれに、先に舌を絡めたのは自分。
 途端、深くなるそれに、流れ込む体温に、安堵する。


「ふ…っ」

 零れ落ちた、甘さを孕んだ吐息は、どちらのものか。
 艶めいた水音と共に離れた唇を、細い銀糸が伝う。
 絡む視線は、熱に濡れて。
 白沢の、その白く細い首筋に、恐る恐る舌を這わせれば、僅かに掠れた吐息が零れる。
 とくりと、白い肌の下、脈打つ音に感じるのは確かな生。

「犬神…」

 鼓膜を擽る、優しい声音と共に、耳を撫でられ、思わず、身体が震えた。

「…っぅ…」

 そのまま、先端を嬲るように弄られ、喉の奥底、漏れそうになった声を噛み殺す。
 きゅっと、硬く閉じた両の瞼が、涙に濡れる。
 背筋を、這い上がるのは快楽。
 白沢の、細く白い指が、耳から項、鎖骨へと、ゆるく辿る。

「は…ぁ…っ」

 吐き出す吐息は、甘さと熱を、孕み始めて。
 夜着の間から入り込んできたひんやりとした手の感触に、ざわりと、肌が粟立つ。

「ぅあ…っぁ」

 脇腹を撫で上げる様に這い上がってきた手に、胸の突起を嬲られ、堪え切れずに、僅か、声が漏れた。
 うっすらと目を開けば、涙で滲んだ視界の向こう、ゆるく微笑する白沢と、視線が絡む。
 そっと、伸ばした手を、夜着の間に滑らせる。
 ひんやりとした肌を辿れば、微かに零れる吐息が愛しい。
 啄ばむ様に口付けを落とせば、そこには確かな温もりがあって。
 もっと欲しいと、己の裡が、渇望するのを、感じた。

「犬神」

 名を呼ぶ声に、己の存在を感じる。
 背筋を、柔く指先で辿られ、唇から零れるのは、震える吐息。
 
「犬神…?」

 怪訝そうな問いかけを無視して、解いたのは帯。
 僅か、熱を孕み始めた白沢自身に、そっと、唇を寄せる。
 
「いいから…」

 無理をするなと、押しやられるより早く、口に含む。
 途端、息を詰める気配が、空気を揺らす。
 自分からするのは初めてだったけれど、いつも己がされているのと同じように、すれば、切なげな吐息が、白沢から零れた、
 それがひどく、愛おしくて。

「………っ」

 裏筋を舐め上げ、鈴口を舌先で擽れば、口の中の熱が、増す。
 深く咥え込み、上下に扱くようにすれば、白沢が高ぶるのが、分かった。
 喉の奥まで咥え込むのは少し、苦しかったけれど、それでもするのは、ただ愛しいから。

「ぅあ…っ?」
「―――痛ぅっ」

 不意に、ふさりとした己の、尾の根元を擽られ、思わず、口の中のそれに、歯を立ててしまった。
 さすがに痛かったのか、堪えきれぬというようにずるりと、口の中のそれを引き抜かれる。

「ごめ…っ」
「いや…今のはあたしが悪かっ…」

 白沢の言葉が、宙に浮く。
 そっと、傷を癒そうとするときのそれと同じように、歯を立ててしまったところに、舌を這わせる。
 慈しむように、そっと。

「―――っ」

 犬神は気付いていないけれど、伏し目がちなその表情は、ひどく艶を孕んで。
 どくり、白沢の熱が、脈打つ。

「犬…が…みっ」
「…?――っ」

 切なげな白沢の声に顔を上げた途端、降りかかってきたのは白濁。
 犬神の、髪を、頬を汚す。

「あ…」

 どろりとしたそれが、頬を伝い、敷き布を汚した。

「ごめんよ…」

 まるで年端も行かぬ子供のように、堪えの効かなかった己に、僅か、戸惑いながら、白沢がすまなそうに眉尻を下げて、犬神の頬を拭う。
 その指先が、汚された耳にも、伸ばされる。
 短い毛並みを伝うそれを、指の腹で拭われ犬神はぴくりと、身体を震わせた。

「んぁ…っ」

 ぬるりと、敏感な先端を擦り上げられ、思わず、声が漏れる。
 上気した目元に僅か、涙が浮かんで。
 白濁に汚された顔に、それはひどく淫猥だった。

「―――っ」

 少し褐色を帯びた肌を伝い落ちる自身の白濁が、白沢を煽る。
 
「白沢…?」

 息を詰める白沢を、犬神が怪訝そうに見上げた。
 その、薄く開いた唇に、引き寄せられるように、己のそれを重ねる白沢。
 
「…は…っぅ…」

 絡めた舌に、僅かに残る、苦味。
 きつく深く、舌を吸われ、犬神は思わず、白沢の首筋に縋りつく。
 ざわりと、滑らかな毛並みを逆立てるように耳を舐め上げられ、背筋をかける快楽のままに、わずか、立てられる爪。
 その小さな痛みに、愛しげな笑みが、白沢の口の端に、浮かぶ。

「や…っくぅ…っ」

 響くのは、荒く押し殺された吐息。
 胸の突起を舌先で嬲られ、背が浮く。
 空いた手で、尾の根元をなぞられ、ざわついた快楽が這い上がってくるのを拒めなくて。
 無意識に、犬神は何度も、首を左右に打ち振った。 

「ひ…ぁ…っ」

 内腿をなぞる指が、自身に絡みつき、扱き上げられ、直接的な刺激に、犬神の双眸が、悲痛なまでに見開かれる。 
 鈴口を押し広げるように指の腹で擦り上げられ、求めるように、腰が浮く。
 ひくりと、後孔が切なげに震えた。

「はく…た…」
 
 快楽で回らぬ舌で、それでも、名を呼ぶ。
 縋りつく腕に、僅か、力が篭る。

「ん?」

 優しげに、ゆるく微笑を浮かべて覗き込んで来る白沢の、その耳元、届くか届かぬかの小さな声で、囁く。

「も…欲し…ぃ…」

 もっと深く、その存在が、熱が、欲しいと、吐息の狭間、掠れた声で、求める。
 急くように求める犬神に、白沢が僅か、驚いたように目を見開いたけれど、やはり、帰ってきたのは優しげな微笑。
 硬く瞑った両の瞼に、柔く口付けを落とされ、後孔に指が滑り込んでくる。
 中を弄られ、思わず、息を詰めた。

「力抜いて…」

 囁かれ、息を吐く。
 丁寧に中を溶かす指が、もどかしくて。
 求めるように、内壁がひくつく。

「はゃ…く…」
「……っ」

 切なげに求める犬神に、堪えきれなくなったのは白沢で。
 宥めるように髪を梳いてはみたけれど、誘うように唇を舌でなぞられ、白沢は指を引き抜いた。

「辛いよ…?」
「ぃい…から…っ」

 言いながら、ゆっくりと息を吐けば、途端、一息に自身に貫かれる。
 いつもよりも性急なそれは、当然、痛みを伴う。

「い…っあぁ…っ」

 犬神の見開かれた瞳から、ぼろぼろと涙が零れた。
 それでも、いつもよりも強く、その存在を感じることが出来て。
 犬神は己の裡が、満たされるのを感じた。
 荒い呼吸を、どうにか落ち着かせた頃、ゆっくりと動かされ、また、息を詰める。

「…くぅ…んっ」

 それでも、吐息には甘さが滲んで。
 突き上げてくる熱が、ただ、愛おしかった。

「はく…た…く…っ」

 律動の狭間、切れ切れに、名を呼べば、絡むのは視線。
 
「犬神…」
 
 掠れた声で愛しげに囁かれ、身体が震えた。
 突き上げられ、擦られ、熱が高ぶる。
 それは、白沢も同じで。
 自身に絡んできた指が、更に犬神を追い詰めた。

「んぁ…っふ…っ」

 きつめの指の輪で、強く扱かれ、背が、仰け反る。
 白沢の肩に置かれた手指が、ぎりと、爪を立てた。
 突き上げられる激しさに、眦を、涙が伝う。
 それをそっと、白沢の舌が拭い、そのまま深く口付けられた。

「は…っん―――っ」
「………っ」

 声にならない悲鳴が、舌ごと、白沢に絡めとられ、消える。
 吐き出された白濁が、犬神自身の、腹を汚す。
 その締め付けにつられるように、白沢も、犬神の中に、精を吐いた。
 強い快楽の余韻に、己の上に倒れこんでくる白沢を、そっと、抱き込む。
 薄目を開けて覗き込んで来る白沢に、返すのは微笑。
 優しげに耳の根元を擽られ、犬神は心地良さに目を細めた。
 無意識に擦り寄れば、白沢の口元にも、笑みが浮かぶ。

「…犬神」

 呼ばれ、顔を上げれば、ぶつかる視線。
 ひどく優しいそれに、犬神は問われたわけでもないのに、口を開いていた。

「夢を…見たんだよ…」

 ぽつり、零せば、ゆるく髪を梳きながら、白沢は黙って、続きを待ってくれる。
 その肩口に顔を埋めながら、ぽつりぽつりと、零されては、闇に溶ける、犬神の声。

「白沢が…いなくなる夢だった…」
「あたしが…?」

 問いかけに、こくりと小さく頷いて、脳裏に蘇った夢の残滓に、ふるり、身を震わせる。

「すごく…怖かったよ…」

 呟けば、白沢が、微かに苦笑を漏らす。
 顔を上げれば、己を捉えるのは強い光を宿した双眸。
 琥珀色のそれは、確かに犬神を映していた。

「馬鹿だね…あたしは何処にも行かないよ…」

 言いながら、抱きしめてくる腕は、温かく、強い。

「うん…」

 頷き、抱き返す犬神の腕に篭る力も、同じぐらい、強くて。
 互いに抱き合うようにして落ちる眠りの中、夢の恐怖は、もう犬神の中には残ってはいなかった―。